KenMiki & Associates

良き隣人の法則

僕の頭の中は、いつも散らかしっぱなし。
混沌としているというか、付箋をつけた本をただ積み上げたような状態です。図書館のように明解なインデックスで分けられ、探しているものがすぐに取り出せれば、どれだけスムーズに仕事が進むだろうと思ったりしますが、一向に片付きません。それどころかいくつもの課題がひしめき合い、散らばっている情報の中にさらに新しい情報が加わり、気になるものを寄せ集めては、その隙間で日々生活をしているような状態です。
不思議なことにその情報に押しつぶされたり、飽和したりしたことが一度もないのは、どんどんと情報を忘れてしまう僕の記憶力の無さが原因だと思われます。「忘却とは、忘れ去ることなり」。僕は、適度に忘れる能力が新鮮な空気を運んでくると勝手に決めつけていて、積み上げられた情報の中で昼寝をしている感覚が一番居心地の良い過ごし方だと思っています。よって、混沌を夢心地な状態と解釈して放ったらかしにしているのです。
ところで、僕のデザインが生まれる経緯ですが、課題を見据えながら気になるワードやヴィジュアルを頭の中で散在させ、事務所の仲間とコンセプトを巡って語り合い、もうこれ以上放っておくと収集がつかないと頭の中が苛立ち始めた頃、いつも不思議なことに「パッ!」とコンセプトが閃きます。そして、そのコンセプトを物語化することで、散在させていたいくつもの情報が芋づる式に結びついてデザインが生まれるのです。その瞬間「デザインの神様がやって来る」とでもいうか、発想がどんどんジャンプして興奮の坩堝の中で泳いでいるような快感に達します。
そんな感覚を大切にしたいと思い、僕の事務所では「本棚は整理しないで、ある程度『混沌』とさせておく」というルールにしています。探している本に辿りつくのに少々時間がかかることもありますが、本棚を「じーっ」と見つめていると探していた本とは違う本に引き込まれ、思わぬコンセプトにたどり着けることがあります。偶然の幸運に出会う。それは、仮説や空想を描いている時に何気ない創造の寄り道をすることで出会う『気づき』だと思うのです。
先日、デザイン評論家の柏木博さんとのトークショーの後、食事の席でこの話をしたところ、柏木さんから「ヴァールブルクの『良き隣人の法則』ですね」と返ってきました。みなさんご存知でしたか?アビ・モーリッツ・ヴァールブルク(1866-1929)。僕は知らなかったのですが、ドイツの美術史家で晩年ヴァールブルク文学図書館を設立し、当時、図書館においてアルファベット配列などが一般的であった時代に個人の研究者の連想を反映させる書籍の配列を行っていました。そして、研究対象から広がる有機的な繋がりを重視し、研究者のリサーチの進展や興味の方向性をリアルタイムで更新し、絶えず変わりゆく書籍の配列を試みていたようです。つまり、データベースにおけるキーワード検索の結果のように書籍の配列を捉えていた方のように思えるのです。ヴァールブルクは、その手法を『良き隣人の法則』という呼び方をしており「隣り合った未知の書物こそが必要な生きた情報を含んでいるということがままある」と語っています。
「ふむ、ふむ」。
僕が探していたのは『良き隣人』との出会い。そこで見つけた知恵や思想をていねいに紡ぎ、暮らしにデザインの種を植え、それが大きなデザインの木に成長したら、また、新たな『良き隣人』を見つけるために混沌の中を旅しようとしているのだと気づいた次第です。
もし、あなたが今、混沌とした状態の中にいるとしたら、すぐそばに『良き隣人』が潜んでいるかもしれませんよ。