KenMiki & Associates

三木組奮闘記『世界一の研究者になるために』

大阪芸術大学デザイン学科、三木組の授業内容をドキュメンタリーで紹介する『三木組奮闘記』。三回生を対象に前期と後期で学生達がゴロッと入れ替わる選択科目。15週のプログラムで課題が二つ。後期、一つ目の課題は副題として「世界一の研究者になるために」が添えられているだけで研究対象そのものを自ら設定せねばならず学生達は戸惑い気味。「難しすぎる!何を研究すればいいかわからへん!」といった声が教室内に広がります。
「あのね、『学問』という漢字をよく見てください。『問いを学ぶ』って書いているでしょ。デザインを通して解決方法を見つけるためには、自らがテーマを探さないと…。『答え』を探すには、まず『問い』を見つけるってこと!」。「……」。「では、研究テーマや考え方の視点を見つけ出すヒントとして僕が今年の4月から展開している一回生への授業『りんご』http://ken-miki.net/archives/date/2012/06/19 を紹介します。この授業は『気づきに気づく』がコンセプトになっていて、考え方の考え方や作り方の作り方、そして、学び方の学び方や伝え方の伝え方についてのワークショップです。『理解→観察→想像→分解→編集→可視化』といったプロセスを通して、何らかの『気づき』を発見する。その発見が発想をジャンプさせてくれるのです。徹底して調べて、一つのモノに秀でる事で全体を俯瞰して見つめる力が養われます。そして、一つのモノを多様な事象と組み合わせる事で既成概念の殻を壊すことができるのです。卒業制作の前哨戦だと思って、自分も知らなかった自分に出会いにいきましょう」。それでは三木組奮闘記、はじまりはじまり。


『たまご』
「知らない人が誰ひとりといない『たまご』について調べてきました。みなさん、私たち日本人が世界で一番『たまご』を消費しているのをご存知でしょうか?しかし、それは『たまご』を食べているだけではありません。いろんな所で活用されている『たまご』の秘密。知っているつもりの『たまご』について、なんて知らないんだろうと気づく『たまご』の情報。『世界一の研究者になるために』私の研究課題は『たまご』です」。
目のつけ所がいい。世界中のみんなが知っている『たまご』について徹底研究をしてきたSさん。ユーモラスでセンスのいいイラストレーションが三木組のみんなを引きつけます。手の平に乗る小さなサイズの本を学生達は食いいるように見つめています。「大きな本に仕上げたら、もっと迫力が出てみんなが見やすかったかもしれませんね」。「いいえ、小さなサイズにすることで『たまご』を想起してもらいたかったのです」。「なるほど」。覗き込もうとする三木組のみんなの姿に思わず「大きな本に仕上げたら…」とアドバイスを誤った。適正なサイズだ。的を得ている。授業終了後「この本をもう一冊つくってくれない?参考資料にしたいのですが…」。「はい」。後日、届けてくれた本の製本がプレゼン時よりも綺麗に仕上がっていた。
丁寧である。丹精がこめられている。手間隙がかけられている。これらの先にあるのは、品質へのプライドだと思う。『たまご』の本のお礼に「そうだ!プリンをごちそうしよう!」。


『梨』
日本で『梨』が食べられ始めたのが弥生時代。日本最古の栽培果実『梨』を研究課題としたSさん。品種改良により進化を続ける『日本梨』の系統図が添えられた『梨の教本』を経典のような折り本に仕上げてきました。「なぜ、『梨の教本』をデザインしようと思ったのですか?」。
「秋の味覚で知られている『日本梨』は、我が国原産の日本固有の果実です。日本で栽培される果物の中で最も歴史が古く一千年以上。これを改良して完全な品種群にしたのは、我が国のみで現在まで盛んに品種改良が行われています。「香り、食感、味」がそれぞれで異なり栄養も豊富、漢方では薬効のある果物とされるほど身体にとても優しいのです。季節の贈り物として果物を贈る習慣は、幸せを願う素直な気持ち。喜びや感謝を伝える行為だと思います。『梨の教本』を通して大切な人に『梨』を選ぶ。旬の味わいと一緒に『梨』の持つみずみずしさと優しさを届けるって素敵だと思いませんか」。「なるほど。『梨』という果物の先に相手を気づかう心があるわけか」。丁寧・丹精・手間隙の先には品質があると『たまご』の仕事で悟ったが、その先には愛があるということなのね。


『ごぼう』
インターネットの普及で、『 Wikipedia ウィキペディア(米国のNPOであるウィキメディア財団が運営する誰でもが編集できるフリーな百科事典プロジェクト)』を利用する人たちが多くいます。学生達もご多分にもれず『 Wikipedia 』のお世話になっている様子。研究課題の設定で同じテーマを研究する人がいて、僕との個別の打ち合わせで全く同じ話をするのです。
「あの、さっきその話ききましたけど…」といった内容。授業中に口が酸っぱくなるぐらい「源を見つめて、自分の目で見て、自分の手で触れて、身体を通じて情報を感知すること。机の前で人の情報を鵜呑みにしないこと」と伝えるにもかかわらず、多くの学生達は「調べてきました」と安易に打ち合わせにやってくる。そんな中、H君は違っていた。「『ごぼう』を研究課題にしようと思い、地元の『三重県菰野町(こものちょう)』の農協に紹介してもらい『ごぼう』を実際に作っている農家を尋ねてきました」。取材してきた写真を見せながら「『地力(ちりょく)で育てる』という概念を農家の方に教えてもらいました。これをコンセプトに広告へと展開しようと思うのですが…」。「いいですね」。「みなさ~ん。集まってください」と三木組の学生達を集め、H君に取材のプロセスからコンセプトに至るまでを紹介してもらいます。三木組のみんな「……」。沈黙の中に流れるみんなの真剣なまなざし。ひとりの学生の行動が、みんなに気づきを与えてくれます。『地力』ならぬ『組力』がここに育ちはじめていくのです。



『エリンギ』
まずは、映像をご覧下さい。『エリンギおねえさん』になって登場するKさん、大好きな『エリンギ』を研究課題としてきました。わかりやすさの設計をテーマにまるで幼児番組のファシリテーターのようなプレゼンテーションです。衣装もすべて手作り。肩に生えている『エリンギ』が可愛いと評判です。美味しいを楽しいに変えるファシリテーションに次の発表を控える三木組のみんなの緊張もほぐされていきます。


『トマト』
「私、トマトきらいなんです」。という巻頭文を開きながら、「トマト嫌いの私がトマトを克服するために研究課題を『トマト』にしました」と話すKさん。表紙は、全体をトマトに見立てた大胆な表現。ページをめくるごとに展開されるトマト情報は、ダイアグラム化されていて、きっちりと整理されています。プレゼンが進むに際して「彼女は、この課題で嫌いなトマトを克服できるのだろうか?」と僕の頭を過ります。巻末のページに「『I dislike a tomato. = I’d like tomatos…ai(私はトマトが嫌いだ。= 私はトマトが好きだろう。余り…愛』。嫌いの奥深くには愛が残る」と記されています。三木組のみんな、一瞬の沈黙。少し間が空いて「ヘェ~」と感心。思わず「座布団一枚!」と言いたくなるような、彼女の知的な発想にユーモアのセンスを発見。「ところで、トマトは食べれるようになったの?」。「え〜っと、ちょっぴり」。それにしても「嫌いの奥深くには愛が残る」とは…。深いな〜。


『かぼちゃ』
『かぼちゃ』について研究を始めたIさん。「『かぼちゃ』の中に『おもちゃかぼちゃ(ペポカボチャ)』と呼ばれる観賞用の『かぼちゃ』があります。すごく可愛くて種類も豊富で比較的簡単に栽培できるらしいのです」。「ええ」。「その『おもちゃかぼちゃ』を題材に幼稚園のブランディングへと発展させようかと思うのですが…」。「えっ!幼稚園ですか?」。「はい。幼稚園での『遊び』というのは、『勉強と遊び』を区分するような『遊び』という概念とは違って、幼児自らが興味をもって関わる全てを『遊び』という概念で呼ぶそうです」。「ほう」。「そこで、幼稚園における『遊び』の概念を『おもちゃかぼちゃ』の栽培を通して自立心や知的好奇心の芽生えに役立てたり、園児とのコミュニケーションツールとして幼稚園手帳を開発したりして、そこに『おもちゃかぼちゃ』のキャラクターを組み込もうかと思っています」。「面白そうですね」。授業では「ブランディングを人に比喩すると『絆づくり』。『心づくり』が理念を広める行為。『顔づくり』がデザインによるアイデンティティ。『体づくり』が活動」と、繰り返し説明してきました。多くの学生達が『顔づくり』のヴィジュアルアイデンティティで手を止めてしまうところを、なんとか活動の仕組みへと展開しようとしています。それにしても『かぼちゃ』から幼稚園のブランディングへとは…。発想のジャンプに驚かされます。


『金平糖』
室町末期にポルトガル人によりもたらされたとされる『金平糖』を研究課題にしたAさん。「『金平糖』の理想のカタチは24の角」と主張する。「へ〜。『金平糖』って24も突起があるの?」。「数はさまざまで19から27ぐらいできるらしいのですが、24の角が最も綺麗な『金平糖』なんです」。「ほ〜う」。「『金平糖』の作り方をご存知ですか?」。「さすがに、知らないな」。「ザラメを大きなフライパンのような釜に入れて上質なグラニュー糖から作った『糖蜜』を振りかけ釜を回転させるんです。常時、下から火であぶっていて『糖蜜』を振りかけては混ぜる。この行程が釜の中で均質な『金平糖』をつくるのにすごく重要。それを毎日繰り返し14日間。すご〜く手間隙がかかるんです」。「へ〜。ところで金平糖博士どうして『金平糖』の研究をしようと思ったの?」。「手間隙がかけられて、甘くてなんだか懐かしい。小さいけど、大きな愛に包まれてるでしょ」。「愛か、愛だよね!愛」。


『じゃがいも』
Aさんのすごい妄想。「私、『アイドル』大好きなんです」。「はぁ〜?」。「それから『じゃがいも』も大好きなんです」。「えぇ?」。「そこでなんですが、『じゃがいも』は、大地に埋もれていて、農家の人たちによって掘り出され、市場に出回りますよね。そして、いろんな食材に使用され、時に食以外の分野へと姿を変えることもあります」。「ええ」。「この流れが芸能プロダクションの活動と繋がっているように思えるのです。『じゃがいも』のような優れた才能(タレント)を掘り起こし(スカウト)、市場に出す(デビュー)」。「はぁ〜」。「それで、Potato Potential Production『PPP』という芸能プロダクションを設立して、カラフルポテトというアイドル3人組をデビューさせようと思います」。「カラフルポテト?」。「はい。『じゃがいも』の品種改良で生まれたとっても美味しいカラフルな『じゃがいも』のことを『カラフルポテト』と呼ぶんです。黄色が『インカのひとみ』、紫色が『シャドークイーン』、そしてピンク色が『ノーザンルビー』という名前で、それぞれが実に個性的な味なんです」。「へぇ〜」。「アイドル名をその『カラフルポテト』として、3人の名前も『インカのひとみ』など『じゃがいも』の名前と合わせ、3人のコスチュームカラーも黄・紫・ピンクにするの。それからそれから、お料理番組からデビューさせて歌いながらお料理させるの」。いやはや、なんという発想のジャンプ力なんだろう。『アイドル』と『じゃがいも』を組み合わせて芸能プロダクションまで設立するとは…。好きなんだろうな『アイドル』と『じゃがいも』。


『キャベツ』
「丸くて、固くて、葉が『ぎゅうぎゅう』に巻かれている黄緑色の淡色野菜、それが『キャベツ』です。葉物野菜の代表格で様々な料理に姿を変える『キャベツ』は、私たちの食卓に欠かすことができません。その『キャベツ』について私たちはどれほど知っているのでしょうか。みなさんは『キャベツ』が『緑の栄養タンク』と呼ばれるぐらい栄養価が高いのをご存知でしょうか。また、『キャベツ』に花が咲くのをご存知ですか?」と語り始めたKさん。『キャベツの国から』と題した絵手紙でコミュニケーションを計ろうとしています。パラパラ漫画に描かれたのは『ぎゅうぎゅう』に巻かれた葉が数枚ずつ捲られていく『キャベツ』。裏面の黄緑色と変化する『キャベツ』以外は、文字などの情報はなし。パラパラとページを捲る行為と『キャベツ』の葉を捲る行為が繋がって、そこに『キャベツ』が浮上する。『キャベツ』の切手、『キャベツ』の絵はがき。情報を行為に置き換える『キャベツ』三昧のコミュニケーション。


『胡麻』
「食文化を通して日本の美意識を再確認する」という大きな理念を掲げて『胡麻』を研究するSさん。「日本から繊細な美意識が薄れてきているように思えるのです。日本の凛とした美しさ。飾らないそのものの美しさ。美味しさの原点に潜む美について考えていたら、『胡麻』が古くから身体に良い食べ物として知られ、一部では不老長寿の薬だといわれていることを知りました。美味しいという漢字の中に『美』が潜んでいるように、身体と心のすべてに健康であることが食文化の原点ではないかと思えてきたのです」。「ほう」。「そこで、『開け胡麻』と銘打って『胡麻』を紐解いていこうと思いました」。「このデザインの中で使われている書体は?」。「金文(きんぶん)です」。「三木組のみんなに金文を簡単に説明してください」。「青銅器の表面に刻まれた文字のことです。中国の殷・周時代のものが有名で、甲骨文字の後の漢字です」。「漢字のルーツを尋ねると漢字が表意文字で、もともと絵であったことが感じられますね」。「はい。そこでビジュアルの中にプリミティブな絵を加えました」。
「源を訪ねる」。これが三木組の基本です。


『玉ねぎ』
「ユリ科ネギ属の野菜(玉ねぎ、ねぎ、にんにく、にら)の『玉ねぎ』を中心に研究をしてきたTさん。『ユリ科教育プロジェクト』と題してユリ科の食品情報に興味を持ってもらう仕組みを提案してきました。国語、算数、理科、社会といった小学生に興味を抱いてもらえるようなクイズ形式のコミュニケーションです。例えば、算数では、『葱算』という独自の数式で『玉ねぎ』の効能を伝えようとしています。ウィットにとんだ遊び心のあるプログラムです。楽しいステーショナリーも準備されています。プレゼンの途中、そのグッズの中にある『葱鉛筆』の紹介に三木組の仲間から「かわいい〜」と声が上がります。「ユーモアは魔法の薬」と言ったフランスのポスター作家レイモン・サヴィニャックの言葉が思い出されます。


『米』
『米』について熱心に研究していたNさん。プレゼン当日、たくさんの『ふりかけ』を持ってやってきました。「ご飯を食べる時に『ふりかけ』をかけると美味しいでしょ。カレー味は『サリー』、キムチ味は『チマチョゴリ』、中華味は『チャイナドレス』の民族衣装のデザイン。小袋の中身も透けて味の違いが外からでもわかるの。市販の『ふりかけ』の袋って中身が見えないものばかりでしょ。パッケージはクローゼットケースです」。「かわいい〜」と三木組の女性陣。「おいおい『米』はどこいったの?これじゃ『ふりかけ』のパッケージじゃない」。「あっ!」。「楽しいアイデアですけど、先程の中身の透ける小袋の件、市販の小袋はアルミ蒸着の素材を使用していて、湿気面やコスト面など複数の問題から採用されていると思うのです。満足度というのは、機能的価値と情緒的価値の両方が重なった所にあって、その重なりに人は対価を払うのね。透ける小袋のアイデアは、情緒的価値の感性を優先したデザインです。そこに機能的価値を支える技術がついてくることが理想なんですが、開発に手間取ることが多いです。そこで、今ある技術をリ・デザインしたり、編集したりして、新しい価値を探っていくケースをよくみます。その辺りもう少し突っ込んで考えてみましょう」。「はい」。
学生達とのリアルなやり取りをドキュメントする三木組奮闘記。彼女の熱心でひたむきな研究姿勢、次はどう飛躍してくるのだろう。


『うどん』
香川県出身のI君の研究は『うどん』。I君曰く、空海の生まれ故郷である香川県には『うどん』と空海の逸話が諸説あって、その一つに「讃岐の『うどん』は、平安時代に遣唐使船に乗って大陸に渡った空海が持ち帰った」という説があるらしい。その説を可視化させながら『うどん』について奥深く語ろうとしています。蛇腹形式の経典のような折り本が二冊。一冊は『空海とうどん』。もう一冊が『五感とうどん』。プレゼンのパフォーマンスのためにか、『釜揚げうどん』には、大きすぎる桶。その桶を持ってのプレゼンですが、登場時に折り本二冊を運んで来ただけ。なが〜く伸びる折り本の方は、空海が使った『うどん経典』と見立てれば納得のいく所。過度なプレゼンは、時にマイナスな時もあります。過不足のないデザイン。情報のプライオリティが明解なデザイン。結論から話す。この辺りが届くプレゼンテーションの極意かも…。


『手』
「食材を研究しなければならないのでしょうか?」。「いいえ」。「副題に『世界一の研究者になるために』とあるだけで研究対象は自由です」。「じゃ、『手』を研究したいと思います。手はある種、人生を語っているようにも思えます」。「ええ」。「画家の手、大工の手、シェフの手など、『手』は職種により表情を変えます。また『手話』にみられるように『手』は言葉も語ります」。「そうですね。『語り手』ですね」。「あっ!その『語り手』ビビッときました!」。「よければどうぞお使いください」。「いいですか?」。「もちろんです。思考が固まらない時は、名前をつけてみる。固定概念から離れられない時は、名前を消してみる。『名前は理念の声』。授業中にいつも言ってるじゃない。がんばっ手!」。「フッフッフ…(笑)駄洒落ですか」。「言葉遊びだよ。いろんな寄り道や道草がアイデアを広げるって訳。分かっ手」。

いかがでしたか、今回の『三木組奮闘記』。三木組のみんなユニークでしょ。
お正月前のロングバージョン、お読みいただきありがとうございました。
今年もあとわずか、みなさんよいお年をお迎えくださいね。