さあ、始まりました後編の三木組奮闘記。ツーリズムというテーマをいかに解釈して、自らの研究課題を見つけ出してくるのか。学生達の奮闘ぶりをどうぞご覧あれ。体を張った体当たりのデザインプロジェクトからスタートです。
『顔面ツーリズム』
「日本人にとっての『旅』って何だろう。という素朴な疑問から一つの仮説を立ててみました」。「えぇ」。「観光地で『写真』を撮る人をよく目にします。中には撮影に夢中になって観光をおろそかにしている人がいるように思えることがあります。多かれ少なかれ旅行者の心には『旅に来たのだから写真をしっかり撮って旅を楽しんだ証を残さねばいけない』という思いがあるのではないでしょうか」。「確かにそうですね」。「この旅行者に芽生える心理を『記念写真信仰』と名づけてみようと思うのです」。「面白い!日本人の観光に対する心理が見事に言い表せていて、ツーリズムに対する問いの設定として申し分ないですね」。「そこで『記念写真信仰』を念頭におき『旅』というものが何かと考えてみると、例え写真を撮るのに夢中になって満足に旅を楽しめなくとも、観光地の写真が撮れてさえいればそれが『旅の証』だと考えられるのではないか。つまり、日本人における『旅』とは、『記念撮影』そのものではないかと思えてきたのです。この観点から「実際に観光地に足を運ばなくとも、記念写真を撮るだけで旅行に行った気分になるのではないかと『顔はめ看板』を制作してみようと思うのです」。「『顔はめ看板』って、例えば熱海に行けば『貫一お宮』の看板があって顔を出して記念写真を撮るような、あの看板のことですか」。「はい」。「実に面白い」。「本当は、都道府県すべてを作りたいのですが、時間的制約の中で大阪、東京、福岡、北海道の4つを作ろうと思います。大阪だけはB倍にして、街の中にゲリラ的に置いてみようかと思います」。「想像するだけでも面白そうですね。思い切りやってみてください」。
そんな会話から数週間後、彼女のプレゼンテーションが始まりました。原寸の『顔はめ看板』の展示と共に街中に設置した『顔はめ看板』の記録写真が机に所狭しと並べられています。「みなさ〜ん。こんにちは〜」。この段階で三木組のみんなはクスクスと笑っています。この大きな看板を抱えて学校中をウロウロと撮影した後、大阪の中でも最もディープな通天閣の商店街にこの看板を移動させ、その後、梅田の地下街へとゲリラ撮影隊を決行してきたとのこと。隣のクラスをはじめとした学校内で「『顔はめ看板』を抱えていろんなところに出没する学生がいる」という噂が飛び回っているらしいのです。よって、三木組のみんながプレゼン前からその噂を知っていてクスクス笑っているのです。噂を聞いて隣のクラスの学生がプレゼンテーションを観たいと飛び入り参加を申し出てきます。当の本人は、ケロッとしていて、ドキュメントを淡々と話してくれます。通天閣では、陽気なほろ酔い加減の観光客が実際にこの看板を使って撮影をしたり、周辺の居酒屋の店員が興味津々で集まってきたり、梅田では人が集まりすぎて警備員に怒られ、撤退せねばならなくなったとか。まさにこの看板を通じてツーリズムにおける関係性をドキュメントで実行した様子を説明してくれます。実はこのプロジェクト、僕の事務所にも突然やってきてビックリした始末。玄関で変な人が何やら写真を撮っていると覗いてみると、大きなパネルを抱えた彼女を発見。ビックリ仰天の突撃事務所訪問です。いやはや『顔面ツーリズム』最高です。まさに体を張った体当たりのデザインプロジェクトです。「デザインは現場に落ちている」を実践するかのよう。みなさん、いかがですか?見事にモノからコトをつくり出すプロジェクトに仕上げていると思いませんか。この実行力に脱帽です。
『オジコレ』
「あの、私、おじさん好きなんです」。「はぁ!」。「人生経験のあるおじさんの魅力をみんなに伝える『おじさんツーリズム』なるものを展開したいんですが…」。「ほぅ、これまた、ツーリズムをずいぶん広義に捉えてきましたね」。「おじさんがおじさんになった理由を探す旅にみんなを誘いたいと思うのですが…。このまま進めても大丈夫でしょうか」。「まぁ、おじさんを徹底研究することで経験が成す、むなしさやはかなさを知りつくした上に成り立つ優しさとでもいうか包容力を知るのも旅の一つの味わいかもしれませんね。現実を見つめ、夢を抱き、こだわりのために頑固になり、妥協を知るのもある種の旅と位置づけてみてはどうでしょうか」。「そうですよね!人生への旅。おじさん研究に没頭しますね」。「はっ、はい。頑張って進めてください」。
プレゼン当日、「おじさんコレクション=『オジコレ』と銘打っておじさんの生態を徹底して調べ上げてきたTさん。おじさんの哀愁やせつなさまでもが楽しいイラストレーションによってポジティブに捉えられています。「おじさんへの道のりは険しい。高い山を越え、深い谷を越え、やっとここまでやってきたんだなあ」と綴られています。自分の経験をおじさんの経験に置き換えながら経験から滲み出てくるものとは何だろうかと問いかけているようです。彼女の調べてきた「中年ーその不安と希望」によると中年(おじさん)は40代から50代と位置づけられていました。ちなみに彼女の本では、おじさんを53歳と設定されています。「あぁ〜。僕は、とっくにおじさんを卒業して次のステップへと進んでいるんだと気づかされることに…。『フゥー』。思わずため息が…」。ここで一句。「まだまだ頑張ると誓うおじさんツーリズムかな」。
『ジブンツーリズム』
「私の名前は、葉が香ると漢字で書いて『葉香=ようこ』と読みます」。「いい名前ですね」。「はい。一見してどなたも『ようこ』とは呼んでくれないのですが、父が想いを込めてつけてくれました。恥ずかしいことに最近まで自分の名前の由来を知りませんでした。そこで、私は『私』をどのように理解しているのだろうかという疑問に苛まれ、極めて自分ごとではありますが、0歳に授かった名前を元に自分とは何かという旅に出かけ、自分を知るきっかけにする『ジブンツーリズム』を展開してみようと思います」。「ふむふむ」。「これを通して、自分自身を知り、また多くの方に私、『葉香=ようこ』を知っていただき、今後の素敵な関係へと繋がればという思いでこの企画を進めようと思うのですが…」。「いいですね。自分を知る旅に出かけるんですね。自分らしさとは何か。アイデンティティとは何か。つまるところ『探していたのは自分だった』ということかもしれませんね。進めていきましょう!」。「はい」。プレゼンにジャバラ折りの自分史をつくってきた葉香さん。自分の名前にある『葉』をモチーフに植物の成長と自らの成長を重ねたダイアグラムによる表現です。その他にも『ジブンを育てる』キットと名づけたツールをたくさん展開してきました。自分を見つめ直す機会となった『ジブンツーリズム』。彼女の企画書の中に「感謝・素直・謙虚・反省・奉仕」の5つの言葉をみつけました。また、「ジブンの過去を振り返ることで未来へ発信する」とも記されていました。『未来』という夢やビジョンを描いたジャバラ折りのツールが、もう一部あってもよかったかもしれませんね。そして、『過去』と『未来』の間、今を精一杯謳歌してくださいね。
『イモケンピ』
メモ魔ではなく、激写魔のHさん。気になるアイデアがあると「パシャ」と愛用のカメラで激写。そのHさんの提案は、なぜか『イモケンピ』。「自分の好きなことを徹底して研究してください。一つの道を究めれば世界が開く」と常々いっている僕の言葉を素直に受け止めたのか…。「あの、私、『イモケンピ』が好きなんです」。「はっ!」。「今回の課題、イモケンピツーリズムでいこうと思います」。「ずいぶん強引なツーリズムですね」。「はい」というや否や『イモケンピ』の魅力を滔々と語るHさん。「もしもし。ツーリズムはどこへ行きましたか」。「はい。鳴門金時というサツマイモは徳島県で、薩摩光というサツマイモは鹿児島県、その他いろんな場所で味の異なるサツマイモがありまして…」。「あぁ、それぞれの土の産物として『イモケンピ』の個性を表現するわけか」。「はい。『イモケンピ』で進めるのだめですか…」。「いいんじゃないでしょうか。『土の産物=土産物(みやげもの)』。土産物は、ツーリズムの重要なファクターの一つ。その地のポテンシャルが表現されるわけですから。進めていきましょう。『イモケンピ』で世界一の研究者を目指してください」。「はい」。Hさんのプレゼンが始まりました。衣装がすでに『イモケンピ』カラーでまとめられています。いつもとは逆に三木組のみんなが激写モードに入っています。「パシャ、パシャ、パシャ」。「おい、おい、プレゼンはじめてくださいよ」。「は〜い。私『イモケンピ』が大好きなんです」。いやはや本当に『イモケンピ』が好きなようです。パッケージはもとより映像まで準備されていて、最後には「試食してください」と『イモケンピ』が三木組のみんなに振る舞われました。おいしいプレゼンテーションにみんな満足。「好きこそ物の上手なれ」。
『てとてと』
こつこつと丁寧に仕事を進めるYさん。ほとんどの学生が締め切りの1週間前ぐらいからエンジンがかかるのに対して、毎回の授業の確かな積み上げでコンセプトを探していくYさん。もちろんラストスパートもしっかりとしてきます。丁寧に丹精を込めるという言葉がピッタリです。「あの、天王寺というみんなが知っている街の魅力を『作る・感じる・行動する』といったコンセプトを元に再発見できないかと思うのですが…」。「もう少し、具体的に内容を教えてもらえませんか」。「はい。人の手の動きを見ていると、それぞれの考え方を具体的な活動にしていく象徴のように映るんです」。「そうですね。人の指先は『脳のアンテナ』と比喩されるように、たくさんの神経が集まり脳に直結している。人類は直立歩行をすることにより手の自由を獲得し、脳を高度に発達させてきたといわれていますからね」。「そこで、『天王寺の手』と題して『やってみて・はたらきて・みつけて』という3つのコンテツでフィールドワークを実施したいと思っています」。「ほう〜。いい発想ですね。がんばって」。
翌週「天王寺の街のフィールドワークを実施しました。『やってみて』で面白かったのは動物園の『おやつ・ごはんタイム』と称して動物に触れ合えたこと。他にも街中がどこかなつかしいエンターテイメント性におびていて、スマートボールのお店などもありました。次に『はたらきて』では、動物園で働く方へのインタビューも敢行してきました。他にも『見つけて』では、私の視点でみつけた天王寺を撮影してきました」。「うわっ。すべての写真に『手』がはいっていますね」。「はい。これらの情報をまとめて『てとてと』という情報誌をつくります」。「『てとてと』ですか?」。「はい。天王寺の『て』と手の『て』にオノマトペの『てくてく』散歩などを捩って『てとてと』です」。「ほう」。「それ以外に観光に付き物のお土産も『て』に関するもので作ろうと思います」。「いいですね」。Yさんの『手』の発想。一生懸命作り上げた編み物のような編集性に満ちていました。
さて、みなさん、いかがでしたか。三木組奮闘記。考え方の考え方をみつけるワークショップ。「どこから手をつけていいのやら」困り果て「えいや〜」と思いついたアイデアから絵にしていく人。「う〜ん、う〜ん」と、考え込んでコンセプトが定まらないと絵にできない人。「走りながら考えて!」とマンツーマンで並走しながらコーチングするも「走り方がわからない。考え方がわからない」と泣きそうになる人。それぞれが四苦八苦して前へと進む。のたうちまわる根気とでもいうか、右往左往しながら考え方の拠り所をみつける。その瞬間、一気にデザインの神様が微笑みかけてくるのです。デザインの神様が微笑んでくれるツボを一つ伝授。相手の喜ぶ顔を想像しながらデザインをする。自分のためにデザインをするんじゃなくて、お客様のその先のお客様が嬉しくなるようなデザインを想像する。言い換えれば、社会のその先の暮らしが楽しくなるデザインを想像する。「喜びをリレーする」。すると、なんだか自分も嬉しくなってくる。つまり、デザインはリレーションなんですね。いろんな関係を探す旅に出かけようというのが『〇〇ツーリズム』の真のコンセプト。まずは、話すことから始めよう!
大阪芸術大学デザイン学科グラフィックデザインコース3回生の授業風景を紹介する三木組奮闘記、今回の課題は『〇〇ツーリズム』。芸術作品を巡りながら地域の文化に触れるアート・ツーリズムのように『〇〇』の箇所にあなたの研究テーマを入れてくださいというもの。例えば、文学ツーリズムと題して小説の舞台となった場所を旅する企画を立てるのもいいし、粉もんツーリズムと題してお好み焼き・たこ焼き・うどんなどの食文化を探るのもいい。また、タイポグラフィ・ツーリズムと題して地域色のある文字の開発をするのもいいでしょう。ツーリズムを広義に捉え「人やコトやモノと『関係』をもつ」媒体を想像するのもかまいません。一つのことを徹底して研究すると思いもよらない『関係』が繋がって世界が広がっていく。さあ、三木組「〇〇ツーリズム」のプレゼンテーションが始まりました。まずは、前編のはじまり、はじまり。
『ロクゼロツーリズム』
1960年代をテーマにツーリズムを考えてきたKさん。「あの、私、60年代のほのぼのとしたアナログなグラフィックの世界観がとても好きなんです」。「へ~。僕の子ども時代ですね。カラーテレビ (Color television)・クーラー (Cooler)・自動車 (Car) を3Cと呼んで、それらの全てが揃う暮らしをみんなが夢見てきた時代」。「東京オリンピックで盛り上がり、人が初めて月に降り立ったのが1969年です」。「よく知ってるね。1964年の東京オリンピックに向けて名神高速道路や新幹線が開通して、高度経済成長のまっただ中の時代」。「はい。何かその時代のエポックになる出来事を組み込んだおもちゃ箱をつくってみたいんです。題して『ロクゼロツーリズム』へGO!なんです。よって、『60』と『GO』を合わせたシンボルマークをつくろうと思っています」。「おもしろそうですね」。「はい。先生のように60年代を体験した方は、懐かしさを楽しんでいただき、私たちは、パソコンのない時代のほのぼのとした手作りのあたたかみや、そこにある想像力を感じ取ってもらうツーリズムなんです」。「ほぅ~。楽しそう。ちょっと、ワクワクしてきました」。こんな会話から数週間。さぁ、始まりましたKさんのプレゼンテーション。机一杯に60年代のおもちゃが広がってタイムトリップをしたような気分です。おもちゃ箱の中には、プラ模型シール・紙でつくるアポロ・着せ替え人形・オリジナルタイポグラフィのテンプレート定規・すごろく・絵本など。すごいアイテム量です。三木組のみんなが食い入るように観ています。唖然としている人もいます。プレゼンシートも時代が経ってうす焼けたような味のあるデザインに仕上げていて60年代へとどんどん引き込まれていきます。「このおもちゃ箱、欲しい!ベルマーク何枚集めればいい!?」なんてセンスのいい冗談を飛ばす人もいます。目を凝らして見るといろんな所に当時を彷彿させる内容が潜んでいます。モノクロテレビの右角にある【カラー】の表示。「懐かしいな~」。当時の新聞のテレビ欄を見ると、ほとんどが白黒放送でカラー放送の時だけ【カラー】って表示があったのを思い出します。「先生、先生ったら!」と僕の興奮を諫めてくれる学生が出る始末。いや〜、ほんと凄いです。僕は、授業そっちのけで60年代に完全にタイムトリップ。「あぁ、楽しい。このおもちゃ箱、欲しいよ~。僕もベルマーク集める!」。僕の興奮はさておき、みなさ〜ん『ロクゼロツーリズム』いかがですか?現物をお見せできないのがとても残念。チープシックな紙の風合い、デザイン性の強いカタカナのタイポグラフィ。当時の文化をしっかりと研究しています。見事。恐れ入りました。
『120 minutes tourism』
時間を切り口にツーリズムを捉えたIさん。「120分の時間でどんなことができるのか?また、日本で世界でどんなことが起きているのか?限られた時間のツーリズムを計画したいと思います」。「ほう、みんなと違う視点ですね。時間限定のツーリズムというわけですか」。「はい。ウルトラマンは3分間の命。120分の出来事をいっぱい探そうと思います」。Iさんのプレゼンテーションが始まりました。「みなさ~ん。120分という時間は長いですか?それとも短いですか?。時間は、みんなに平等に与えられたものです。その時間を切り口に『120 minutes tourism』というポスターをつくりました。今からみなさんを120分という限られた時間の旅に誘いたいと思います」。「へ~ぇ」。「さて、120分間に日本のカップル153組が結婚をします。それに対して54組が離婚するそうです。世界に目を向けると、120分で16,700人の赤ちゃんが誕生します。それに対して12,500人の方が亡くなるそうです」。「ふ~ん」。「人の爪は、120分間に平均0.0083333…mm伸びているそうです。今も僅かですが伸びている事になります。成長しない人間はいないんです。そして、人は120分間にまばたきを約2,160回するらしいのです。しかし、そのほとんどを覚えていません。まばたきは、脳が自発的に行うためその記憶を持たないのです。見方を変えれば、人は120分間に2,160回の記憶を失っていることだと思うのですが…。次に大阪芸術大学の120分の授業料を換算したことがありますか?」。「…?」。「今日の授業もしっかり学ばなきゃね!(笑)」「おい、おい…」。「『120 minutes tourism』お楽しみいただけましたでしょうか?」。限られた時間を設定してリアルな数値でツーリズムを表現しようとしたIさん。
120分間に起こる現象におもきが置かれ、時間と旅の関係性が少し弱くなったかもしれませんね。例えば、トランジットの時間を利用するような限られた時間の旅の楽しみ方をいろんなコンテンツを準備して提案をすれば、旅と時間といったツーリズムがもっと明快になったかもしれません。それにしても時間へ着目するとは目の付けどころがいいですね。
『MIZUKI』
「最もピュアな自分に出会うためのツーリズム」という発想で基礎化粧品の開発をするというKさん。ツーリズムを広義に捉え、内なる自分と向き合うことで美の本来のあり方を考えようとしています。「美しくあるためには、心と体のバランスがすこやかに保たれていなければなりません。人の60%以上が水分でできているように、私たちの心と体は有機的で常にゆらいでいます。水のせせらぎや風のリズムに心が同調し安らぐように、一日のメイクを洗い落し、潤いを保っていく基礎化粧品を提案します」。「ほう、自然現象にみられる『1/ f ゆらぎ』がもたらす心安らぐ状況を内なる自分と出会うためのツーリズムと捉えたんですね」。「はい」。「そこに、基礎化粧品の基本『洗う』と『潤す』と、人間の源『水』とを重ねコンセプトとしたわけですか」。「はい。多くの水分からなる人を『水の器』と捉えてみました」。「なるほど」。「『水の器』を音読みでローマ字で表すと『水器=MIZUKI』になります。これをこのブランド名にと考えています」。「いいですね」。「それから、水と共に生きるという意味を込めて『水生(MIZUKI)』。また、1/ f ゆらぎで心安らぐことで『水喜(MIZUKI)』。続いて、植物の90%以上は水分。自然と一体となる思いで『水木(MIZUKI)』。そして、水が肌に潤い与える『水肌(MIZUKI)』。最後に水に回帰して『水帰(MIZUKI)』。これら全てを通してブランドを組み立てていきます」。「ほう、考えましたね」。「全てのデザインから過剰なものを取り除くようにしていきたいと思います」。「いいですね」。意味とデザインの関係にこだわり続けたKさん。コンセプトが見えてくるまでの苦悩が洗い流されたようなピュアなプレゼンテーションでした。しかし、プレゼン終了後「みんなの提案を観ていたら、まだまだやらねばならないことに気づかされました」。内なる自分と向き合いはじめたKさん。その先の自分に向かって歩み始めたようです。
『天王寺裏ツアー』
「大阪の人ならみんなが知っている天王寺という街にも知らない所がいっぱいあるように思います」。「そうですね。編集視点を変えてみると新しい価値が浮かび上がるように思いますね」。「自分だけのとっておきの『ちょっといいな』を探す旅。『天王寺裏ツアー』探検セットを提案したいと思うのですが…」。「いいんじゃないですか。いわゆる市販の観光案内とは違う、気づきに出会えるツーリズムですね」。「ただ、こんな身近な所で知らない所がいっぱい見つけれるか少し心配ではあるのですが…」。「あれっ!急に弱気になってますね。いつもの同じ道でもテーマを決めて歩いてみると、違う風景が立ち上がってきますよ。街の色を探す。人情を知らせるなど、独自の視点で気づきを届ければいいんじゃないですか。フィールドカードを持って、まずは街に出かけてみましょう」。「はい」。こんなやり取りから数週間後、Mさんのプレゼンテーションが始まりました。「みなさ〜ん、こんにちは。『天王寺裏ツアー』へようこそ。ここに5つのコースを準備してきました。それぞれ、メインの通りから一本道を入るだけで個性のある町並みが現れてきます。例えば、こんなお店があります。『ときどき賑わっているお店がある。特に立ち飲み屋はおじさんたちが体を斜めにして整列していて、ちょっとした所に譲り合いの精神を感じる』」。彼女の写真に彼女の言葉が添えられたカードがそれぞれのコースの楽しみ方を紹介しています。楽しそうな裏ツアーの始まりです。「続いて、『あんなところに大阪城?!いえいえ、違います。大きな声じゃ言えないけれどちょっと変わったラブホテル』」。「キャー」。「さらに、『使われていない火災報知機は、この地域の平和のあかし。今日もこの柱で安全を祈ってね』」。「うまい」。「まだまだあります。『電気のつかない公衆トイレ。中が暗くて見えないため手探り状態で用を足す必要がある。上級者専用トイレ』」。とてもユニークな『天王寺裏ツアー』です。地図も添えられていてリサーチの跡が垣間みられます。「あっ!かわいい〜。『裏』の文字が裏返しになってる」とどこからか声が聞こえてきます。「はい。天王寺の裏の裏の紹介でした」。チャン、チャン!
『トイレツーリズム』
「あの、トイレを研究対象にツーリズムを考えたいのですが…」。「えっ!どんなツーリズムですか?」。「ツーリズムを直訳すると観光事業ですが、ここでのコンセプトは、『新たな発見や再発見』を意味すると思うんです」。「はい」。「そこで、毎日使用するトイレについて考えてみようと思うのです。大切な場所なのに日常に溶け込み過ぎていてあまり興味を持たれていないように感じるんです」。「トイレと観光は、どう繋げますか?」。「ちょっとかけ離れているように思われるかもしれませんが、観光地にもトイレがあります」。「なるほど。トイレ面白そうですね」。Aさんのプレゼンテーションが始まりました。たくさんのトイレットペーパーを抱えています。「『トイレツーリズム』と題して、トイレを研究をする中で、一人で過ごすトイレの時間だからこそコミュニケーションが大切ではないかと考えました。そこで、トイレットペーパーをメディアに『人とトイレの繋がりを再発見する』をテーマに友人と対談をして、それを記事にしました。内容は、『国を表すトイレ』、『わたしだけのトイレ』、『もてなしのトイレ』といった3つの話です」。「話の途中で紙が切れているケースがあると思いますが?」。「大丈夫です。内容はエンドレスで繋がっていますから」。「なるほど」。「次にイラストで再発見するトイレについてや、トイレそのものの歴史や文化についても漫画を添えて楽しく表現しました」。「ふむふむ」。「最後にトイレのテーマソングを作詞作曲しました。用を足す時の音を消すための音楽としても使用します。これで水の使用量を半減させることができます」。トイレをコミュニケーションと捉えた視点、ちょっとユニークですね。観光とトイレの関係性をもっと深く掘り下げてみると、『うんちくのあるトイレツーリズム』になったように思いますがいかがでしょうか。
『女子力ツーリズム』
「あの、女子力について100人にアンケートを実施したいと思います」。「えっ、ツーリズムをどう解釈するの?」「自分も知らなかった自分に出会う旅と名づけて『自分を好きになる力』を発見する旅です」。「ずいぶん広義な解釈ですね」。「はい。『好きになる力』の漢字の部分を良く見てください」。「はい、見てますけど…」。「好きという漢字は『女』と『子』でできているでしょ。それに『力』をくわえて『女子力』です」。「ほう〜。一本取られました!」。そんなわけでKさんのツーリズムは『女子力ツーリズム』。いわば自分磨きのために同年代の女子大生がどんなことを考えているのか、徹底したリサーチを展開してきました。ダイアグラムがリップになっていたり、変身願望を一目でシュミレーションできる化粧グッズが展開されていたり、女子のタイプを5つの系統で表したりと、まるで女性雑誌が『女子力ツーリズム』と銘打って特集を組んだような展開です。それにしても女子力って何なんでしょうね。僕には、内から滲み出る美意識とでもいいましょうか、その人の暮らし方や生き方の中に存在する哲学のように思えるのですが…。哲学(Philosophy)の語源は、古代ギリシャ語の「愛(Philos)」と 「知(Sophia)」が結び合わさって生まれた言葉。「知を愛すること」。そこに男女関係なく人間力が備わっていくように思えるのですが…。
いずれにせよ、多彩な展開となった三木組奮闘記『〇〇ツーリズム』の前編。三木組のみんなずいぶん苦悩した様子です。『問いを自ら見つけることが課題』の三木組。言い換えれば『問いを学ぶ』ワークショップといってもいいかもしれませんね。そうそう、古代ギリシャでは、哲学(Philosophy)のことを学問全般を示す言葉として使っていたようです。つまり『問いを学ぶ=学問=哲学』となる訳です。よって三木組の授業は『デザイン・フィロソフィ』をいかに可視化するかについて学んでいこうとしているんです。さあ、次回、後編も乞うご期待ということで前編終了です。
三木組奮闘記『旅』の後編、学生達はどんな『旅』を提案してくれるのだろうか?なんだか楽しそうなフィギュアを持って出迎えてくれる『三木組ツアーズ』の添乗員がいます。『旅』は道連れ。どうぞ、みなさんもご一緒しませんか?
『DEEP ABENO』
大阪市阿倍野区に暮らすT君。前回の課題でアニメーションに挑戦して、数千枚の絵を描き始めましたが提出の期限に間に合わず沈没。途中のプロセスを見ていて、デッサンの確かさ、シナリオのユニークさ、独自性など、表現力のある人です。今回は、何としてでもゴールを目指してほしいと思います。「テーマ『旅』、場所はどこでもいいんですか?」。「いいですよ」。「ボク、阿倍野に住んでるんですけど…。阿倍野って、誰もが知ってる場所なのであまり面白くないですよね?」。「阿倍野、いいんじゃない。みんなが知っいてれば、なおいいんじゃない。知ってるはずの阿倍野を深く掘り下げれば、誰も知らなかった阿倍野が浮き彫りになるかもよ」。「深い阿倍野ですか?」。「そう、『ディープ・アベノ』」。こんな会話から始まった彼とのやり取り。T君が作ってきたのが自分のフィギュア。彼そっくりの『Mr.DEEP ABENO』が阿倍野の夜を放浪する。本人と『DEEP ABENO』が共演するシーンなどもあって、プレゼンが始まるやいなや、三木組みんながキャッキャ、キャッキャと大興奮。ゆるキャラブームの中で、阿倍野育ちのリアルな『DEEP ABENO』が、実際に阿倍野区のキャラクターとして採用されたりしたら面白いんだけどな~。再開発の進む阿倍野を『DEEP ABENO』がラップ・DJ・ブレイクダンスといったようなヒップホップなクリエイティブを引っさげて文化を語る。時々、T君と共演してサプライズを巻き起こすなんていいんじゃないだろうか。「ところで、T君!僕のフィギュアもつくってくれない?『DEEP APPLE(ディープ・アップル)』。僕のやってるワークショップ『りんご』を掘り下げるのに一役かってもらいたいんだけど!」。
『談山神社』
「奈良県桜井市の多武峰(とうのみね)にある『談山神社(たんざんじんじゃ)』を舞台に『旅』を提案したいんですが…。『談山神社』ってご存知ですか?」。「いいえ、知りません」。「先日、出かけたのですが、すごい山奥にあって、『大化の改新』の前、藤原鎌足と中大兄皇子がこの地で談合を開いたことが名前の由来らしいのです」。「ほう」。「この山、『談い山(かたらいやま)』とも呼ばれていたそうです。よって、ここから日本の歴史が動いていったんです」。「『談い山』、面白い名前ですね」。「ただ、ここから『談山神社』と『旅』がうまくつながらなくって…」。「では、『談山神社』を『山と話す』と捉えてみると、コンセプトが広がっていくかもしれませんよ」。「『山と話す』?」。「はい。『山と話す旅』をナチュラル・ツーリズムと捉えてみるといいかもしれません。自然に触れて、自然体になって、心を癒す」。「あっ!これって『談山神社』と『旅』がつながる!」。「そうですね。もう一つヒントを。奈良で日本の歴史が語られたってことは、『やまと話す』とも言えるんじゃない」。「えっ!」。「奈良は大和。『大和話す』でしょ」。「わっ!すごい。『山と話す』=『大和話す』。どんどん、つながっていく。私『談山神社』でやります」。「おい、おい、『談山神社』で提案したいと、君が伝えてきたんじゃない?」。「そうなんですけど…。ちょっと、どうしようかなと思いながら…。『先生と話す』だったんです(笑)」。そんな会話の後、I さんが提案してきたのが『談山神社』のブランディング。おみくじとお守りで『人と話す』らしい。三木組の『話すデザイン』、こんな感じで進んでいきます。
『HAN RIVER』
韓国の留学生Kさんの『旅』は、ソウルにある漢江(ハンガン)という川。韓国の北部を流れる全長514kmもある長い川。その漢江にはたくさんの橋がかかっていて、ソウル市内に18の橋と3つの鉄橋があるそうです。Kさんのプランは、その橋をクローズアップさせながら漢江の魅力を説こうというもの。昼と夜で表情の変わる橋をグラフィカルに表現してきた彼女。「冬休みにソウルにもどり、漢江に行ってきました。夜の橋がとりわけ綺麗でライトアップされた橋が川面に映り上下左右にリズミカルに繋がっていくんです」。Kさんの『旅』は、大地と大地を繋ぎ、モノやコトが行き交い、人と人を結ぶ。「繋ぐ・行き交う・結ぶ」がコンセプト。彼女の話を聞きながら、僕は隣接する国との関係性について想いを寄せていた。信頼や安心をベースとした持続可能な『絆』づくり。これを『架け橋』と呼ぶのだろうと…。
『THE TRAVEL OF VISION』
プランニングに行き詰まり、最後の最後で全く違うプランに切り替えたH君の『旅』は『視覚の旅』。さあ、彼のプレゼンテーションが始まりました。「今日は、みなさんを視覚の『旅』に誘いたいと思います。この『旅』は、いわゆる足を運ぶ『旅』ではなく、みなさんの眼を運んでいただく『旅』です。一言でいうならば、眼を通して脳が錯覚をする体験に触れていただく『錯覚を体験する旅』です」。小箱の中からいろんなツールが取り出されました。『THE TRAVEL OF VISION』と記された正方形の書籍、この中で『錯覚を体験する旅』に出会うのだそうです。錯視を生み出す基本造形を旅で訪れる建物やシーンに見立てて展開しています。そういった錯視の書籍は、過去にもたくさんありますが『確かめのものさし』と名づけたツールで錯視の検証を促し、見るから触れるへという一連の動作を導く『行為のデザイン』へと近づけようとしているところが評価できると思います。三木組の学生達が「どれ、どれ」とツールを使って確かめています。「本当だ!」なんて声も聞こえてきます。「やり直して良かった」という安堵の表情がH君に走ります。さて、こつこつと積み上げてきたアイデアが立ち行かなくなり、このまま進めても解決しそうにないと気づいた時の英断。元に戻ってやり直す勇気。ここが、最も大切。長いものに巻かれてはなりません。『人生の旅』の教訓を一つ「止まらない列車に乗ってはならない」。
みなさんいかがでしたか、三木組奮闘記『旅』。学生達のデザインへの『旅』は、まだ始まったばかり。知らなかった、気づかなかった、分からなかったを体験する『旅』の魅力は、未知との遭遇。行ってみないと分からない。体験しないとわからない。この世は知らないことで一杯。引っ込み思案のあなた、知らないことを探る『旅』に出かけませんか。
大阪芸術大学デザイン学科、三木組の授業内容をドキュメンタリーで紹介する『三木組奮闘記』。三回生後期、二つ目のテーマは『旅』。学生達の誘う『旅』の提案。さて、どこへ連れて行ってくれるのでしょうか。「おっ、始まりました『三木組ツアーズ』の添乗員達のプレゼンテーション」。みなさんも彼らの提案する『旅』にご一緒しませんか。
『ちいさな摂津』
大阪にある『摂津市』の魅力を知らせる書籍をデザインしてきたSさん。ローカルの『摂津市』を知らせるために「宇宙から見た『摂津市』とは?」というコンセプトで語り始めました。宇宙学校に通う3人の学生が地球見学に来るという設定で日本を選択。住所をコンピュータに入力したものの誤作動があり『摂津市』に着陸という物語です。「宇宙のこのへんの、地球のこのへんの、日本のこのへんの、大阪のこのへんの、摂津市という場所に…」から始まる巻頭。宇宙というマクロから眺めた『摂津市』をミクロと捉え「このへんの」という表現で、ローカルの位置関係を知らせるセンスの良さ。彼女のプレゼンを聞きながら、その昔、イームズの『Powers of Ten』を見た時の感覚が僕の脳裏に蘇ってきました。そして、『摂津市』の詳細を身近なモノに比喩しながら物語が展開していきます。例えば、『摂津市』の面積を知らせるのも「たこ焼き100億個ぐらいを並べた大きさで、大阪城、9つ分」といった具合。また、市内の35の町名も語呂合わせで楽しく紹介。個性のあるイラストレーションを使った「わかりやすさの設計」が随所になされています。Sさんのプレゼンに三木組のみんなが魅了されていきます。囲碁将棋や経営の世界でよく使われる言葉、「着眼大局、着手小局」。まずは現状を把握し、仮説を立ててわかりやすく示す(着眼大局)。そのうえで、細部を丁寧に語っていく(着手小局)。きっと、そんな視点が根っから備わっているんでしょうね。見立て上手は、可視化上手。『ちいさな摂津』のタイトルが全てを言い表しています。
『空の停留所』
Sさんのプレゼンテーションが始まりました。静かな口調でコンセプトが語られていきます。「あなたは最近どんな空を見ましたか?空はあなたを元気にします。広い空の下で、ふーっと深呼吸してください。思いっきり吐いて空を全部吸ってください。空っぽの空。力一杯のあなた。たまには深呼吸して、今日は休息、明日からまた再出発。大切なのは、目的地ではなく、旅そのもの。あなたの空の旅を完成させてください」。「さあ、空を見に行こうよ」と、詩の朗読のようです。彼女曰く「『空』は『そら』・『から』・『くう』と読むでしょ。『から』っぽの、何もないけど全てが存在している『くう』の『そら』。その『空』が私の『旅』の対象。つまり、自分を見つめ、何かに気づく、これが『旅』なんです」。「ほう~」。「そんなわけで『空』のキットをデザインしました。中には『空日記』と題したいろんな空の表情を閉じ込めた日記帳や、『今日の空色模様』と題したたくさんの空色色紙や、『空気ハンカチ』と題したふわふわハンカチや、『空っぽ音楽』と題されたCDなどが納められています」。自分自身と対話する『旅』。『空の停留所』は『気づき停留所』でもあるようです。
『ひなたほっこり。』
「ひきこもりがちなあなたへ。ひなたぼっこのように心をほっこりさせませんか。ひなたぼっこでほっこり」と書かれたコンセプトシート。どうやら、Aさんの『旅』は、リラクゼーションへの誘いのよう。彼女によると、芝生の上に寝っころがって昼寝をすると『ほっこり』するらしいのです。「そこで『ほっこりする寝』の旅にみなさんを誘いたいと考えました」。「自然の中で昼寝をすることを『旅』と捉えるの?」。「はい」。「ということは、『大地の敷き布団』と『空の掛け布団』の間で昼寝をするわけだ」と僕がつぶやくと、次の打ち合わせを待つ学生が「素敵!」と。「そうだ!私『ひなたほっこり』のグッズいっぱい作ります。自然の感触を届けてキャンペーンにします」。そんなわけで芝の感触のグッズがいっぱい準備されることに…。『感触のプロダクト』ユニークなアプローチです。
『香川県観音寺市大野原町』
四国の香川県出身のI 君が選んだ旅先は、実家の『観音寺市大野原町』。I 君のプレゼンテーションが始まりました。「ここは何もない町。ビルもない。デパートもない。空と田んぼだけしかない。なんだか少しさびしくなる。だけど…。ここには、すべての源がある。家族がいる。人がいる。自分がある。ぜんぶある町。あの町に戻ろう。心は裸のままで」と、自分の育った町を思う気持ちを切々と語ってくれます。誰にもある居心地のいい場所。『旅』を起点にふる里を見つめる。町と記憶。I 君の遺伝子に刷り込まれた『香川県観音寺市大野原町』の時間と空間と人間。それらをつなぐ「間(ま)」。『旅』は「間」を行き交うことで刷り込まれていく体験の記憶なのだと、彼の瞳が語っているように思いました。
『三木組奮闘記・旅』の前編いかがでしたか?三木組のみんなそれぞれに『旅』をしてるでしょ。コンセプトを組み立てるのに迷子になったり、道草をし過ぎて元に戻れなくなったりと、彼らの中では色々あった様子ですが、そのプロセスの中で何かを発見する。これがまさに『旅』なんですよね。『三木組奮闘記・旅』の後編もご期待くださいね。
新しい年が始まりました。
『Paper Sculpture』と名付けた年賀状シリーズ。かれこれ35年以上も続けています。古い友人の中には「全部コレクションしてるよ」といってくれる人もいます。今年始めて、全ての文字を自筆でデザインしてみました。活字であれ、写植であれ、フォントであれ、僕たちのまわりにある文字は誰かがデザインしたもの。人の手を借りずにコミュニケーションの源に触れてみたい。『書き初め』のつもりで真っ白な紙に向おうと意気込みますが、「字がきたない」といわれた子ども時代のコンプレックスが…。きれいに書こうと思えば思うほど肩に力が入ってしまいます。結局、始めに書いた文字を選んでデザインへ。コンピュータでパチパチと文字を打つようになって、自筆で文字を書くことがめっきり少なくなってしまいました。白い紙の前に立つと、なんだか手つかずの自然の中に飛び込んでいくような怖さを覚えます。
文字を選ぶのではなく書く。書家が聞けば「当たり前」といわれることが非日常になってしまっているのです。コンピュータの前に座るようになり便利になったこともありますが、退化していることにも多く気づかされます。例えば、漢字が思い出せない。「パチパチ、変換」が書けなくしてしまっているのです。
「自分の身体の震えを文字にする」。言い換えれば「身体で発想」して「身体で対話」する。今まで以上に身体でぶつかっていく。そんな一年にしたいと思っています。相撲のぶつかりのような「ドーン」や「パチーン」。コミュニケーションの火花を身体で感じ取る。みなさん、今年も胸を貸してくださいね!そして、お互いに胸を貸し合える健康な一年でありますように…。