KenMiki & Associates

二つの自分

子どもの頃、中耳炎や扁桃腺を手術したりと病弱だった僕は、かかりつけの耳鼻咽喉科で先生や看護婦さんに「健(ケン)ちゃん」と呼ばれていました。ずいぶん昔の話です。実は、本名、三木健と書いて『ミキタケシ』と読むのですが、その病院では「健康になってね!」という願いを込めて先生の奥さんが「ケンちゃん」と愛称で呼び始めました。幼心に『ケン』の響きがとても新鮮に聞こえたのと、病院に出かける時だけ「ケンちゃん」になるのが、まるで変身するとでもいうか、二つの自分を行き来するような不思議な感覚を楽しんでいた想い出があります。その影響か、絵を描いたり、ちょっとした文章を書く時など創作的な活動をする際は、子ども心にペンネームと気取って『ミキケン』と記すようになりました。
大人になってデザインを職業とするようになり、事務所の開設時に『三木健デザイン事務所(ミキケンデザインジムショ)』という屋号にしたことで今ではすっかり『ケン』の方が定着してしまいました。『ケン』と『タケシ』の2つの名前がONとOFFのスイッチを入れ替える。それは、藤子・F・不二雄の漫画『パーマン』に変身する『みつ夫』のような感覚なんです。
『パーマン』に変身するには、マスクとマントとバッジをつければOK。そして、『パーマン』は、仲間の1号、2号、3号など複数の『パーマン』で力を合わせて戦います。僕の場合は、ペンと紙と腕まくりで変身。Ken Miki & Associatesのメンバーとデザイン三昧の日々に興奮といった感じです。そんな僕が2つの自分を行き来する。デザインモードにスイッチが入ると右脳が全開。一度スイッチが切れると左脳へと急激にシフト。
爆発する。冷却する。爆発する。冷却する。この繰り返しが、鉄を打つようにどんどんこだわりを強くする。かたくなになる自分に呆れることもありますが、二つの自分を行き来することでアイデンティティが明解になってきます。しかし、最近は暮らしのほとんどが『ミキケン』。爆発する。爆発する。の繰り返しで、固い鉄がとろけそう。
ONとOFFをリズミカルに交感する。右脳と左脳が絶妙に響き合う。そこに、僕はトキメキを感じるのです。

逆さ読み

江戸時代、歌舞伎の世界では『縁起(えんぎ)』を逆さ読みして『起縁(ぎえん)』と呼んでいたそうです。その『ぎえん』がいつの日か『げん』となり、縁起を気にすることを「げんをかつぐ」というようになったらしいのですが、日本には、隠語の意味を込め単語を逆さ読みする風習があるようです。Jリーグ、『コンサドーレ札幌』の名前の由来が道産子(どさんこ)をひっくり返し、ラテン語の響きをもつオーレを組み合わせたという説や、競馬の『ゾルトンワージ』という馬の名前を逆さ読みすると「G1とるぞ」であったりとか、かぜ薬の『EZAK(エーザック)』がKAZE(風邪)の逆さ読みだったりと、暮らしの中には、結構たくさんの逆さ読みの名前があります。また、「わたしいまめまいしたわ」のように普通に読んでも逆さまから読んでも文字や音節の順番が変わらず意味が通じる言葉を回文といいます。
ローマ字の回文では地名の『AKASAKA(赤坂)』、人名で漢字の回文では建築家の『清家清』などがあげられます。みなさんも子どもの頃に名前を逆さ読みして遊んだ覚えがありませんか?実は、僕の本名、三木健と書いて『ミキタケシ』と読むのですが、(僕のもう一つの名前『ミキケン』については、次回のコラムで。)逆さ読みすると『シケタキミ』になってしまいます。回文にすると『シケタキミのミキタケシ』。(トホホ…)
逆さ読みは、脳の老化予防トレーニングに効くそうでいろんなモノの名前を声に出して逆さまから読むと、年をとると衰えやすい前頭葉の記憶機能を鍛えるトレーニングになるそうです。
僕は、アイデアに困った時など、遊び半分で逆さ読みをして偶然の幸運に出会えないものかと期待をかけることがあります。「溺れるものは藁をもつかむ」というのが本音ですが、逆転の発想で意外なアイデアへとジャンプすることもあります。あなたも逆さ読みで偶然の幸運を探してみませんか。

繋がる

新年の挨拶で久しぶりに親戚が集まり、幼かった子ども達が見違えるほど成長していました。ずいぶん前は、無邪気に戯れてよく遊んでいた子ども達が何故かよそよそしい感じなんです。気恥ずかしいのか、思春期のせいか、それぞれの兄弟でボソボソと会話を交わしますが、その会話もなかなか弾みません。僕がみんなに話しかけてみるものの、返事も「ハイ」というような律儀な感じで妙に距離を感じます。こちらもじょじょに緊張してきて言葉数が減ってしまい、何気につけられているテレビの音声が部屋中に響いている状況です。
食事が終わりしばらく経った頃、場の空気を感じていたのか、娘が持参した『水道管ゲーム』を差し出し「誰かする?」と切り出しました。このゲーム、1976年にアメリカのパーカー・ブラザーズより発売された『WATER WORKS』が正式名称で水道管のバルブから蛇口まで、規定枚数以上のパイプカードを早く繋げた者が勝者となります。ただし、他のプレイヤーに対してパイプを水漏れさせて進行を妨げることが出来ます。極めて単純なルールなんですが、それゆえ誰もが参加出来る楽しいゲームです。また、カードの水道管のイラストがいい味を出しています。そのゲームを始めてまもなく、子ども達のよそよそしかった雰囲気が和み、以前の無邪気に遊んでいた頃の表情にどんどん戻っていくではありませんか。周辺にいた大人達がそのゲームに参加し始める頃には、まわりの子ども達から声援が出るほどの盛り上がりです。
このゲームの水道管、繋がった瞬間が実に嬉しいのです。映画『黒部の太陽』の北アルプス山中を貫くトンネル工事の貫通シーンを思い出すというと大げさかもしれないですが、「繋がる」ということに向って、僕たちは生きているのかもしれないなんて哲学的な発想に至るほどです。
わかりやすいルールに多くの人が参加し、そこに無数のコミュニケーションの流れが誕生する。そして、大きな輪が繋がれていく。デザインを通して僕が築きたいのは、そんな「繋がる」というコミュニケーションの輪なんだと、あらためて気づかされた新年でした。
今年一年、みなさんに素敵な「繋がり」が生まれますように…。

2009

あけましておめでとうございます。