KenMiki & Associates

-1×-1=+1 考え方をデザインする

来春、オープン予定の中之島デザインミュージアム de sign de > (デザインで)のリレートークで、『ニッポンの風景をつくりなおせ』の著者でデザイナーの梅原真さんを高知からお招きして対談をしました。このトークショー 、de sign de > が目指す活動の輪郭をコミッティメンバーがゲストと共に語っていくもので、僕はその2回目を担当。梅原さんとは、東京でカラオケにいって、北海道で酒飲んで…。原研哉さんの紹介で親しくなりました。ずいぶん前に銀座松屋のデザイン・ギャラリーで開催された『梅原真・とさのかぜ展』を観た時に「こんなデザイナーが高知におるんや!」と、驚いたのを思い出します。「鉈でガサッと草を刈り取るような力強いデザインと、その草を目的に向けて丁寧に種分けするような明解な企画力、また、そのプロセス全てを見つめ、新しい価値をつくりだそうとする強かなプロデュース力、そして、誰よりも繊細な美意識」。ヒョロヒョロの考えで出会うもんなら「足下しっかり見んとあかんぜよ!」と、『とさのかぜ』で吹き飛ばされてしまいそうな還暦デザイナーです。そして、口癖は、「これ、あかんやんか!」「そんなん、あかんやんか!」「絶対、あかんやんか!」と「あかんやんか!」連発デザイナーでもあります。「あかんやんか!」は、「駄目でしょ!」の意味。そんな梅原さんに『アカンヤンカマン』と名付けたのがイラストレーターの大橋歩さん。ちなみに僕は「これ、ちゃうやんか!」「ちゃう!ちゃう!ちゃう!」が口癖。「ちゃうやんか!」は、「これ違うじゃない」の意味。よって、「あかんやんか!ちゃうやんか!あかんやんか!ちゃうやんか!」の奇妙な対談にどこの国の言葉とみんな驚くかも。加えて、梅原さんがつけた対談のタイトルが『-1×-1=+1 考え方をデザインする』という不思議な方程式。これをどう読み取り、観客にいかに翻訳するかが僕の今回の大事な役目です。
梅原さんの活動は、ローカルデザインが中心。それも一次産業の漁業や農業や林業にデザインの力で息吹を与えるのが主な仕事。デザインで一次産業に元気を与え『ニッポンの風景をつくりなおせ』が大きな志。このデザイナーの理念をポスター一枚でなんとか紹介できれば…。
マイナス要因を抱える一次産業の問題点を発想の転換で「あたらしい価値」に置き換える、この梅原流デザインの方程式『-1×-1=+1 』。「ジーッ」と眺めていたら急にアイデアが閃いたのです。『-1×-1』を『=+1 』に変換するには?「ポスターの画面から切り取った『-1×-1』の紙片を90度と45度に回転させれば『=+1 』が生まれる!」。名付け親の梅原さんも気づいていない方程式の謎。「これだっ!」と、大きな声を発する僕に怪訝な顔で僕を見る事務所のスタッフ。後は、このポスターをどのように制作するかです。シルク印刷、オフセット印刷、トムソン(型抜き)、CAD型抜きなどなどいろいろ考えましたが、梅原さんの活動にフィットする表現は、もっと素朴で化粧をしていない『素のデザイン』でなきゃだめ。いろいろ考えた結果、ハードカバーの本の芯になっている新聞紙と雑誌の古紙でつくられている分厚いチップボールという板紙をレーザーで切り取る方法を思いついたのです。文字の部分も、レーザーを使って紙の半分ぐらいまで焼く。レーザーエッチングです。「紙と火」。この相反する組み合わせこそ梅原さんに向く。対談当日、梅原さんにその完成したポスターを見せた所、「鳥肌が立った」。「見て!この鳥肌」と、腕まくりして見せてくれるぐらい喜んでくれました。
それにしても、『アカンヤンカマン』の話、面白すぎます。観客のみなさん、すごい興奮して涙出しながら笑いながら、最後は感動の嵐という状況です。いやはや、『とさのかぜ』すごいです。「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です」といって、海岸にアートやデザインを刷ったTシャツをヒラヒラさせて、ゴミでポスターをつくって漂流物展を企画する『砂浜美術館』。箱モノ行政へのアンチテーゼも込めて新しい価値を生み出そうとしています。これって、町の人たちも巻き込んで状況をつくり出す大きなグランドデザインでもあります。「すごいな〜。梅原さん」と対談後の客席からみんなの声が聞こえてきます。「梅原さんに来ていただいて本当に良かった」というのが、僕の正直な感想。そして、僕が、梅原さんを指名した本当の理由。それは、このミュージアムへのアンチテーゼ。「箱が先に出来てしまった状況からスタートしたミュージアム」。「しっかりしてよ!de sign de > 」。「あたらしい場への期待にちゃんと応えてよ!」。「ボーッとしてたら、『ちゃうやんか!』っていいまっせ」。

世界がそれに反応する。

「世界のEAST・大阪から、国際水準のデザインを」と、強い志をかざすDESIGNEAST 01のスピーカーに招聘され、2010年10月1日、名村造船所跡地で多くの観客を前に話をさせていただきました。このプロジェクト、関西をベースにデザイン領域を横断的にとらえ、世界へと活動の場を広げる5人のクリエイター(デザイナー・建築家・編集者・研究者)が立ち上げたもので、一定の団体や企業や政治などに依存しない自主的な活動として企画されたものです。昨年の事前開催で行われたDESIGNEAST 00で観客として参加していた僕は、彼らの「いま、立ち上がらねば!」という革命にも似た強いエネルギーに「大阪で真剣にデザインを語れる場が生まれるかもしれない」と予感するような、内側からこみ上げてくる熱い何かを感じていました。
それから一年、多くの支持者を得てDESIGNEAST 01が開催される運びとなったのです。その記念すべき01に僕とgrafの服部滋樹さんがトップバッターを仰せつかりました。DESIGNEASTは、いわゆるデザインの展覧会とは違う、議論を中心に据えた、考え方をデザインする『思考の発信場』としてのプロジェクトです。いいかえれば、クリエイター自らがデザインを生み出す状況をつくりだそうとする試みともいえます。
イタリアデザイン界の重鎮、エンツォ・マーリが招聘を承諾したのも、そんな彼らの理念に深く共感したからです。デザイナーというよりも哲学者や思想家ともいえるエンツォ・マーリが「デザイナーを、デザイン界を、叱りに日本にやって来る」。もう、これだけで事件といえます。僕が敬愛してやまない、故ブルーノ・ムナーリ(イタリアの美術家、グラフィックデザイナー、プロダクトデザイナー、教育者、研究家、絵本作家)とダネーゼ(1957年イタリア・ミラノにダネーゼ夫妻により設立されたショップ。大量消費に流されない、頑なまでの商品哲学が貫かれている。)でいくつものデザインを発表してきたマーリの講義が聴ける。若い頃、ミラノの小さなダネーゼのショップで食いつくようにデザインを見ていた頃を思い出します。
さて、今年のテーマは、『ソーシャル・サスティナビリティ(持続可能な社会ヘ)』。難しいテーマです。トップバッターを仰せつかったものの、テーマの大きさにどこから話しを始めようかと真剣に悩みます。まず、短い自己紹介のスライドで僕のデザインに対する考え方を述べます。ローカリティから世界を見つめるDESIGNEASTの理念と僕の理念の重なりを「I’m here.(私はここにいます)」という言葉と共に、平面から立体へと自在に状況が変わる僕の事務所の小さな地球のカードを見せながら話を進めます。そして、僕の思考のプロセスを子どもの頃に父に教わった「頭」という漢字の覚え方を比喩に出しながら「観察→分解→想像→気づき→編集→可視化」の全ての工程で創造を繰り返していくという話へと繋ぎ、最後に『ソーシャル・サスティナビリティ』の入り口を指し示します。続いて服部さんの活動が紹介され、本題の議論へと進展していきます。議論の冒頭、僕は「お金の話」から口火を切ります。
その発言を要約すると「紙幣は究極のエコロジーペーパーじゃないだろうか。見方をかえれば、循環するプロダクトともいえないだろうか。奇麗なお金も汚いお金も使う人によって一度『生成』される。お金に見られるように価値とルールを秩序立てて考え、いかに循環する仕組みやプラットフォームを設計していくかが重要になる。紙幣そのもののデザインも大切だが、その『価値を共有し合うプロセス』がいま求められている」。また、「昨今、多くの人がデザインを解決する手段、『ソリューション』と定義するが、先程、話した『価値を共有し合うプロセス』という発想からして、解決に向かう道程がより重要になる。つまり、結果や結論を導くための仮説を形成するプロセスを多くの人と共有する概念が求められてくる。そのためには、デザインに他者が入り込める寛容さや、余白を儲ける必要性を感じるのです。余白や余地を残すデザインのあり方は、作者が自己完結するだけでなく、他者の想像力を借りるような『借脳』の発想が必要だと思うのです」。次に「アイデンティティといった言葉がよく叫ばれ、ブランディングを盛んに持ち込む企業や自治体を見うけますが、『ソーシャル・サスティナビリティ』の視点で発想すると、アイデンティティとはいったい何なのだろうかと考えさせられます。デザイナーの平林奈緒美さんから聞いた話を引用しますが、彼女が国連の仕事をしていて、事務局に国連カラーのブルーの指定色を知らせて欲しいと何度もたずねたそうですが、事務局から回答が全くない。繰り返したずねた所、『国によって経済や文化や技術が異なる。発展途上国の中には、そんなに厳密に色を合わせていく余裕すらない国もある。ブルーであればOKだ』。と言われ、衝撃を受けたという話をうかがったことがあります。つまり、自分の立ち位置をしっかり定め、理念をいかに明確化するかが、ますます重要になってくると思う。よって『I’m here.(私はここにいます)』という冒頭の話に戻っていくのです」。このような文脈で話を進めていきました。
しかし、実際のディスカッションの場面では、服部さんやモデレーターとのやりとりで話は蛇行していったと思います。(話してる当事者は、壇上で興奮していて文脈がテレコになることがよくあります。僕の場合は、しょっちゅうですが…。)
こんな感じでオープニングの議論を終え、デザインラウンジという若いデザイナーのプレゼンテーションへと繋げられていきました。僕は、2日目が所用で参加出来ず残念でしたが、他の日の多くの議論を聞く中でテーマが浮き彫りにされていったように感じました。一方、スピーカーや当事者が自らを批評する精神を忘れないという意味で、あえていうならば「メディアミーティングの内容が希薄でテーマへの言及がなされていなかったことが残念でならない。昨年のプレの際にもメディアミーティングを聞いて同様の想いをしたことが思い出される。来年は、メディアについて、ジャーナリズムについて、深い議論を待望したい」。というのがスピーカーと主催者への僕の要望です。それにしてもDESIGNEASTが一つの運動体となって活動していることに心から嬉しく思います。デザインを生み出す状況をデザインする。「場」から「コト」を生み、「言葉」へと転化していく。そして、「言葉」をつなぐ。世界の極東に位置する大阪にDESIGNEASTというプロジェクトを推進する仲間がいる。このことが何より、誇らしい。この運動が、僕たちを突き動かす。そして、世界がそれに反応するのだ。

エンツォ・マーリが僕の地球のカードにサインをくれました。
「Io sono qui.(私はここにいる)」だって…。