KenMiki & Associates

三木組奮闘記『世界一の研究者になるために』

大阪芸術大学デザイン学科、三木組の授業内容をドキュメンタリーで紹介する『三木組奮闘記』。三回生を対象に前期と後期で学生達がゴロッと入れ替わる選択科目。15週のプログラムで課題が二つ。後期、一つ目の課題は副題として「世界一の研究者になるために」が添えられているだけで研究対象そのものを自ら設定せねばならず学生達は戸惑い気味。「難しすぎる!何を研究すればいいかわからへん!」といった声が教室内に広がります。
「あのね、『学問』という漢字をよく見てください。『問いを学ぶ』って書いているでしょ。デザインを通して解決方法を見つけるためには、自らがテーマを探さないと…。『答え』を探すには、まず『問い』を見つけるってこと!」。「……」。「では、研究テーマや考え方の視点を見つけ出すヒントとして僕が今年の4月から展開している一回生への授業『りんご』http://ken-miki.net/archives/date/2012/06/19 を紹介します。この授業は『気づきに気づく』がコンセプトになっていて、考え方の考え方や作り方の作り方、そして、学び方の学び方や伝え方の伝え方についてのワークショップです。『理解→観察→想像→分解→編集→可視化』といったプロセスを通して、何らかの『気づき』を発見する。その発見が発想をジャンプさせてくれるのです。徹底して調べて、一つのモノに秀でる事で全体を俯瞰して見つめる力が養われます。そして、一つのモノを多様な事象と組み合わせる事で既成概念の殻を壊すことができるのです。卒業制作の前哨戦だと思って、自分も知らなかった自分に出会いにいきましょう」。それでは三木組奮闘記、はじまりはじまり。


『たまご』
「知らない人が誰ひとりといない『たまご』について調べてきました。みなさん、私たち日本人が世界で一番『たまご』を消費しているのをご存知でしょうか?しかし、それは『たまご』を食べているだけではありません。いろんな所で活用されている『たまご』の秘密。知っているつもりの『たまご』について、なんて知らないんだろうと気づく『たまご』の情報。『世界一の研究者になるために』私の研究課題は『たまご』です」。
目のつけ所がいい。世界中のみんなが知っている『たまご』について徹底研究をしてきたSさん。ユーモラスでセンスのいいイラストレーションが三木組のみんなを引きつけます。手の平に乗る小さなサイズの本を学生達は食いいるように見つめています。「大きな本に仕上げたら、もっと迫力が出てみんなが見やすかったかもしれませんね」。「いいえ、小さなサイズにすることで『たまご』を想起してもらいたかったのです」。「なるほど」。覗き込もうとする三木組のみんなの姿に思わず「大きな本に仕上げたら…」とアドバイスを誤った。適正なサイズだ。的を得ている。授業終了後「この本をもう一冊つくってくれない?参考資料にしたいのですが…」。「はい」。後日、届けてくれた本の製本がプレゼン時よりも綺麗に仕上がっていた。
丁寧である。丹精がこめられている。手間隙がかけられている。これらの先にあるのは、品質へのプライドだと思う。『たまご』の本のお礼に「そうだ!プリンをごちそうしよう!」。


『梨』
日本で『梨』が食べられ始めたのが弥生時代。日本最古の栽培果実『梨』を研究課題としたSさん。品種改良により進化を続ける『日本梨』の系統図が添えられた『梨の教本』を経典のような折り本に仕上げてきました。「なぜ、『梨の教本』をデザインしようと思ったのですか?」。
「秋の味覚で知られている『日本梨』は、我が国原産の日本固有の果実です。日本で栽培される果物の中で最も歴史が古く一千年以上。これを改良して完全な品種群にしたのは、我が国のみで現在まで盛んに品種改良が行われています。「香り、食感、味」がそれぞれで異なり栄養も豊富、漢方では薬効のある果物とされるほど身体にとても優しいのです。季節の贈り物として果物を贈る習慣は、幸せを願う素直な気持ち。喜びや感謝を伝える行為だと思います。『梨の教本』を通して大切な人に『梨』を選ぶ。旬の味わいと一緒に『梨』の持つみずみずしさと優しさを届けるって素敵だと思いませんか」。「なるほど。『梨』という果物の先に相手を気づかう心があるわけか」。丁寧・丹精・手間隙の先には品質があると『たまご』の仕事で悟ったが、その先には愛があるということなのね。


『ごぼう』
インターネットの普及で、『 Wikipedia ウィキペディア(米国のNPOであるウィキメディア財団が運営する誰でもが編集できるフリーな百科事典プロジェクト)』を利用する人たちが多くいます。学生達もご多分にもれず『 Wikipedia 』のお世話になっている様子。研究課題の設定で同じテーマを研究する人がいて、僕との個別の打ち合わせで全く同じ話をするのです。
「あの、さっきその話ききましたけど…」といった内容。授業中に口が酸っぱくなるぐらい「源を見つめて、自分の目で見て、自分の手で触れて、身体を通じて情報を感知すること。机の前で人の情報を鵜呑みにしないこと」と伝えるにもかかわらず、多くの学生達は「調べてきました」と安易に打ち合わせにやってくる。そんな中、H君は違っていた。「『ごぼう』を研究課題にしようと思い、地元の『三重県菰野町(こものちょう)』の農協に紹介してもらい『ごぼう』を実際に作っている農家を尋ねてきました」。取材してきた写真を見せながら「『地力(ちりょく)で育てる』という概念を農家の方に教えてもらいました。これをコンセプトに広告へと展開しようと思うのですが…」。「いいですね」。「みなさ~ん。集まってください」と三木組の学生達を集め、H君に取材のプロセスからコンセプトに至るまでを紹介してもらいます。三木組のみんな「……」。沈黙の中に流れるみんなの真剣なまなざし。ひとりの学生の行動が、みんなに気づきを与えてくれます。『地力』ならぬ『組力』がここに育ちはじめていくのです。



『エリンギ』
まずは、映像をご覧下さい。『エリンギおねえさん』になって登場するKさん、大好きな『エリンギ』を研究課題としてきました。わかりやすさの設計をテーマにまるで幼児番組のファシリテーターのようなプレゼンテーションです。衣装もすべて手作り。肩に生えている『エリンギ』が可愛いと評判です。美味しいを楽しいに変えるファシリテーションに次の発表を控える三木組のみんなの緊張もほぐされていきます。


『トマト』
「私、トマトきらいなんです」。という巻頭文を開きながら、「トマト嫌いの私がトマトを克服するために研究課題を『トマト』にしました」と話すKさん。表紙は、全体をトマトに見立てた大胆な表現。ページをめくるごとに展開されるトマト情報は、ダイアグラム化されていて、きっちりと整理されています。プレゼンが進むに際して「彼女は、この課題で嫌いなトマトを克服できるのだろうか?」と僕の頭を過ります。巻末のページに「『I dislike a tomato. = I’d like tomatos…ai(私はトマトが嫌いだ。= 私はトマトが好きだろう。余り…愛』。嫌いの奥深くには愛が残る」と記されています。三木組のみんな、一瞬の沈黙。少し間が空いて「ヘェ~」と感心。思わず「座布団一枚!」と言いたくなるような、彼女の知的な発想にユーモアのセンスを発見。「ところで、トマトは食べれるようになったの?」。「え〜っと、ちょっぴり」。それにしても「嫌いの奥深くには愛が残る」とは…。深いな〜。


『かぼちゃ』
『かぼちゃ』について研究を始めたIさん。「『かぼちゃ』の中に『おもちゃかぼちゃ(ペポカボチャ)』と呼ばれる観賞用の『かぼちゃ』があります。すごく可愛くて種類も豊富で比較的簡単に栽培できるらしいのです」。「ええ」。「その『おもちゃかぼちゃ』を題材に幼稚園のブランディングへと発展させようかと思うのですが…」。「えっ!幼稚園ですか?」。「はい。幼稚園での『遊び』というのは、『勉強と遊び』を区分するような『遊び』という概念とは違って、幼児自らが興味をもって関わる全てを『遊び』という概念で呼ぶそうです」。「ほう」。「そこで、幼稚園における『遊び』の概念を『おもちゃかぼちゃ』の栽培を通して自立心や知的好奇心の芽生えに役立てたり、園児とのコミュニケーションツールとして幼稚園手帳を開発したりして、そこに『おもちゃかぼちゃ』のキャラクターを組み込もうかと思っています」。「面白そうですね」。授業では「ブランディングを人に比喩すると『絆づくり』。『心づくり』が理念を広める行為。『顔づくり』がデザインによるアイデンティティ。『体づくり』が活動」と、繰り返し説明してきました。多くの学生達が『顔づくり』のヴィジュアルアイデンティティで手を止めてしまうところを、なんとか活動の仕組みへと展開しようとしています。それにしても『かぼちゃ』から幼稚園のブランディングへとは…。発想のジャンプに驚かされます。


『金平糖』
室町末期にポルトガル人によりもたらされたとされる『金平糖』を研究課題にしたAさん。「『金平糖』の理想のカタチは24の角」と主張する。「へ〜。『金平糖』って24も突起があるの?」。「数はさまざまで19から27ぐらいできるらしいのですが、24の角が最も綺麗な『金平糖』なんです」。「ほ〜う」。「『金平糖』の作り方をご存知ですか?」。「さすがに、知らないな」。「ザラメを大きなフライパンのような釜に入れて上質なグラニュー糖から作った『糖蜜』を振りかけ釜を回転させるんです。常時、下から火であぶっていて『糖蜜』を振りかけては混ぜる。この行程が釜の中で均質な『金平糖』をつくるのにすごく重要。それを毎日繰り返し14日間。すご〜く手間隙がかかるんです」。「へ〜。ところで金平糖博士どうして『金平糖』の研究をしようと思ったの?」。「手間隙がかけられて、甘くてなんだか懐かしい。小さいけど、大きな愛に包まれてるでしょ」。「愛か、愛だよね!愛」。


『じゃがいも』
Aさんのすごい妄想。「私、『アイドル』大好きなんです」。「はぁ〜?」。「それから『じゃがいも』も大好きなんです」。「えぇ?」。「そこでなんですが、『じゃがいも』は、大地に埋もれていて、農家の人たちによって掘り出され、市場に出回りますよね。そして、いろんな食材に使用され、時に食以外の分野へと姿を変えることもあります」。「ええ」。「この流れが芸能プロダクションの活動と繋がっているように思えるのです。『じゃがいも』のような優れた才能(タレント)を掘り起こし(スカウト)、市場に出す(デビュー)」。「はぁ〜」。「それで、Potato Potential Production『PPP』という芸能プロダクションを設立して、カラフルポテトというアイドル3人組をデビューさせようと思います」。「カラフルポテト?」。「はい。『じゃがいも』の品種改良で生まれたとっても美味しいカラフルな『じゃがいも』のことを『カラフルポテト』と呼ぶんです。黄色が『インカのひとみ』、紫色が『シャドークイーン』、そしてピンク色が『ノーザンルビー』という名前で、それぞれが実に個性的な味なんです」。「へぇ〜」。「アイドル名をその『カラフルポテト』として、3人の名前も『インカのひとみ』など『じゃがいも』の名前と合わせ、3人のコスチュームカラーも黄・紫・ピンクにするの。それからそれから、お料理番組からデビューさせて歌いながらお料理させるの」。いやはや、なんという発想のジャンプ力なんだろう。『アイドル』と『じゃがいも』を組み合わせて芸能プロダクションまで設立するとは…。好きなんだろうな『アイドル』と『じゃがいも』。


『キャベツ』
「丸くて、固くて、葉が『ぎゅうぎゅう』に巻かれている黄緑色の淡色野菜、それが『キャベツ』です。葉物野菜の代表格で様々な料理に姿を変える『キャベツ』は、私たちの食卓に欠かすことができません。その『キャベツ』について私たちはどれほど知っているのでしょうか。みなさんは『キャベツ』が『緑の栄養タンク』と呼ばれるぐらい栄養価が高いのをご存知でしょうか。また、『キャベツ』に花が咲くのをご存知ですか?」と語り始めたKさん。『キャベツの国から』と題した絵手紙でコミュニケーションを計ろうとしています。パラパラ漫画に描かれたのは『ぎゅうぎゅう』に巻かれた葉が数枚ずつ捲られていく『キャベツ』。裏面の黄緑色と変化する『キャベツ』以外は、文字などの情報はなし。パラパラとページを捲る行為と『キャベツ』の葉を捲る行為が繋がって、そこに『キャベツ』が浮上する。『キャベツ』の切手、『キャベツ』の絵はがき。情報を行為に置き換える『キャベツ』三昧のコミュニケーション。


『胡麻』
「食文化を通して日本の美意識を再確認する」という大きな理念を掲げて『胡麻』を研究するSさん。「日本から繊細な美意識が薄れてきているように思えるのです。日本の凛とした美しさ。飾らないそのものの美しさ。美味しさの原点に潜む美について考えていたら、『胡麻』が古くから身体に良い食べ物として知られ、一部では不老長寿の薬だといわれていることを知りました。美味しいという漢字の中に『美』が潜んでいるように、身体と心のすべてに健康であることが食文化の原点ではないかと思えてきたのです」。「ほう」。「そこで、『開け胡麻』と銘打って『胡麻』を紐解いていこうと思いました」。「このデザインの中で使われている書体は?」。「金文(きんぶん)です」。「三木組のみんなに金文を簡単に説明してください」。「青銅器の表面に刻まれた文字のことです。中国の殷・周時代のものが有名で、甲骨文字の後の漢字です」。「漢字のルーツを尋ねると漢字が表意文字で、もともと絵であったことが感じられますね」。「はい。そこでビジュアルの中にプリミティブな絵を加えました」。
「源を訪ねる」。これが三木組の基本です。


『玉ねぎ』
「ユリ科ネギ属の野菜(玉ねぎ、ねぎ、にんにく、にら)の『玉ねぎ』を中心に研究をしてきたTさん。『ユリ科教育プロジェクト』と題してユリ科の食品情報に興味を持ってもらう仕組みを提案してきました。国語、算数、理科、社会といった小学生に興味を抱いてもらえるようなクイズ形式のコミュニケーションです。例えば、算数では、『葱算』という独自の数式で『玉ねぎ』の効能を伝えようとしています。ウィットにとんだ遊び心のあるプログラムです。楽しいステーショナリーも準備されています。プレゼンの途中、そのグッズの中にある『葱鉛筆』の紹介に三木組の仲間から「かわいい〜」と声が上がります。「ユーモアは魔法の薬」と言ったフランスのポスター作家レイモン・サヴィニャックの言葉が思い出されます。


『米』
『米』について熱心に研究していたNさん。プレゼン当日、たくさんの『ふりかけ』を持ってやってきました。「ご飯を食べる時に『ふりかけ』をかけると美味しいでしょ。カレー味は『サリー』、キムチ味は『チマチョゴリ』、中華味は『チャイナドレス』の民族衣装のデザイン。小袋の中身も透けて味の違いが外からでもわかるの。市販の『ふりかけ』の袋って中身が見えないものばかりでしょ。パッケージはクローゼットケースです」。「かわいい〜」と三木組の女性陣。「おいおい『米』はどこいったの?これじゃ『ふりかけ』のパッケージじゃない」。「あっ!」。「楽しいアイデアですけど、先程の中身の透ける小袋の件、市販の小袋はアルミ蒸着の素材を使用していて、湿気面やコスト面など複数の問題から採用されていると思うのです。満足度というのは、機能的価値と情緒的価値の両方が重なった所にあって、その重なりに人は対価を払うのね。透ける小袋のアイデアは、情緒的価値の感性を優先したデザインです。そこに機能的価値を支える技術がついてくることが理想なんですが、開発に手間取ることが多いです。そこで、今ある技術をリ・デザインしたり、編集したりして、新しい価値を探っていくケースをよくみます。その辺りもう少し突っ込んで考えてみましょう」。「はい」。
学生達とのリアルなやり取りをドキュメントする三木組奮闘記。彼女の熱心でひたむきな研究姿勢、次はどう飛躍してくるのだろう。


『うどん』
香川県出身のI君の研究は『うどん』。I君曰く、空海の生まれ故郷である香川県には『うどん』と空海の逸話が諸説あって、その一つに「讃岐の『うどん』は、平安時代に遣唐使船に乗って大陸に渡った空海が持ち帰った」という説があるらしい。その説を可視化させながら『うどん』について奥深く語ろうとしています。蛇腹形式の経典のような折り本が二冊。一冊は『空海とうどん』。もう一冊が『五感とうどん』。プレゼンのパフォーマンスのためにか、『釜揚げうどん』には、大きすぎる桶。その桶を持ってのプレゼンですが、登場時に折り本二冊を運んで来ただけ。なが〜く伸びる折り本の方は、空海が使った『うどん経典』と見立てれば納得のいく所。過度なプレゼンは、時にマイナスな時もあります。過不足のないデザイン。情報のプライオリティが明解なデザイン。結論から話す。この辺りが届くプレゼンテーションの極意かも…。


『手』
「食材を研究しなければならないのでしょうか?」。「いいえ」。「副題に『世界一の研究者になるために』とあるだけで研究対象は自由です」。「じゃ、『手』を研究したいと思います。手はある種、人生を語っているようにも思えます」。「ええ」。「画家の手、大工の手、シェフの手など、『手』は職種により表情を変えます。また『手話』にみられるように『手』は言葉も語ります」。「そうですね。『語り手』ですね」。「あっ!その『語り手』ビビッときました!」。「よければどうぞお使いください」。「いいですか?」。「もちろんです。思考が固まらない時は、名前をつけてみる。固定概念から離れられない時は、名前を消してみる。『名前は理念の声』。授業中にいつも言ってるじゃない。がんばっ手!」。「フッフッフ…(笑)駄洒落ですか」。「言葉遊びだよ。いろんな寄り道や道草がアイデアを広げるって訳。分かっ手」。

いかがでしたか、今回の『三木組奮闘記』。三木組のみんなユニークでしょ。
お正月前のロングバージョン、お読みいただきありがとうございました。
今年もあとわずか、みなさんよいお年をお迎えくださいね。


三木組奮闘記『駅 Part 2』

課題『駅』、後半のプレゼンテーションが始まりました。「卒業制作を超える」の合い言葉が伝統になりつつある三木組、教室はすごい熱気に包まれています。みんなの緊張が僕にも伝わってきます。それでは『駅 Part 2』のはじまり、はじまり。


光景色駅(こうけいしきえき)
ある日の午後、「三木せんせ~い!」と、廊下で大声で叫ぶUさん。僕がトイレで用を足していたら、何度も何度も聞こえてくる叫び声。「おいおい、トイレぐらいゆっくり行かせてくれよ」。「あっ、いた!すみません」。「どうしました?」。「課題の考え方なんですが、JR阪和線の車窓から見える風景がとても綺麗なんです。京都や奈良とは違う、日常の暮らしと相まった自然の風景なんです」。「ええ」。「それを『光景色駅』という名で呼んで、車窓からの風景を通して、それぞれの駅の魅力を伝えていくキャンペーンにしたいのですが…」。「いいんじゃないですか」。「良かった!三木組のプレゼン、最高に緊張するんです。今日もドキドキしてたんです」。「大丈夫だよ。ところでこの沿線、Uさんの言うように京都のような雅さはないけれど、日本の暮らしの原風景とでも言うか『日々是好日』という言葉が似合う町が続きますよね」。「そうなんです。素朴で落ち着く町並みに思えます」。「普段の素敵な町には、一日一日を丁寧に暮らす人々の営みがあります。そんな視点で町を見つめると、きっと、風景の中から暮らしの声が聞こえてきますよ!」。「はい」。プレゼン当日、緊張がピークのUさん、こんな詩的なコンセプトからスタートします。

駅と駅の間の車窓から広がる美しい景色。
そしてそのとき、その場所で起っている出来事、光景。
春に咲く桜の木々。
初夏に咲く紫陽花の花、蛍の光。
秋になれば真っ赤なもみじ。
朝の清々しい匂いとジョギングする人の呼吸のリズム。
昼の子ども達のはしゃぎ声と風の音。
夕方になれば水面にオレンジの太陽の光が広がります。
車窓から広がる世界は刻一刻と表情を変えあなたを楽しませます。
景色と光景。ふたつが合わさったあなただけの素敵な駅を見つけに来て下さい。
和歌山にはあなたの気に入る駅があるはず。


万葉まほろば線
Kさんのプレゼンテーションが始まりました。「JR西日本の奈良駅から高田駅までを結ぶ路線、桜井線の愛称を『万葉まほろば線』といいます。名前の謂れは、万葉集に多く詠まれた名所や旧跡が沿線に点在していることと、『まほろば』が奈良を想起させるという理由からだそうです。その路線のほとんどが利用者が少ない無人駅なんです。その無人駅の魅力をもっと多くの方に伝えたいと思い、それぞれの駅と万葉集の関わりを深く掘り下げてみました」。「すご~い。社会の先生みたい」。「私が選んだ無人駅は、1.京終(きょうばて)2.帯解(おびとけ)3.櫟本(いちのもと)4.長柄(ながら)5.柳本(やなぎもと)6.巻向(まきむく)7.三輪(みわ)8.香久山(かぐやま)9.畝傍(うねび)10.金橋(かなはし)の10駅です。タイポグラフィを意識したエディトリアルで文化や歴史を可視化させてみました」。プレゼンが終了してホッとしたKさん。「いかがだったでしょうか?」。「前回の、逆転カンパニーの教訓が生かされていて良かったと思いますよ」。「ありがとうございます。黒板に書いていただいたエディトリアルデザインの考え方やお見せいただいた資料の数々にハッとさせられました」。「今回のデザイン、漢字に注目したのが良かったですね。漢字は象形文字。意味をカタチにした文字だから、コミュニケーションが真っすぐ届く絵なんだよね。レイアウトもタテ組ヨコ組を柔軟に組み合わせ、意味に沿ってメリハリも付けられていて、内容をしっかり熟知した事がうかがえます。研究の成果が現れていますよ」。「嬉しいです」。


paletode
『駅』というテーマから、駅→旅→変化→色→メイクと5段活用で化粧品のブランディングを提案してきたT君。まずは、こんなコンセプトから語り始めていきます。

一番素敵な 今日の自分へ

「人生は旅である」という有名な言葉がある
人生とは今日が繋がって出来ている
この旅は何処へ向かっているのだろうか
毎日変わる今日を繋げてみると、そんな事を思ってしまう
人は毎日変わる
変わって当たり前なのだ
その日の天気やスケジュール、一緒にいる人や
昨日観た映画にも影響を受け、変わる事だろう
そう毎日、違う自分なのだ

時に、人は色に例えられる
あの人は赤だろうか、いや青かもしれない
自分は何色だろうか
毎日違う自分なのだから、色もまた毎日違う
そして今までの旅路で育った最新の感性で選び出される
今日の色が一番素敵である
そう信じる事はなんて素晴らしい事だろうか
自分に 気持ちに 素直に送る素敵な色の今日が繋がって
きっと素敵な旅になる

paletode~palette to today~は
そんな素敵な今日の色へ向う旅の駅
一番素敵な今日のために

詩人になったのかと思うほどポエティックなT君にみんなキョトンとしています。その後、オリジナルのタイプフェイス、ファッショナブルなヴィジュアル、ストイックなパッケージへと繰り広げられる展開。三木組のみんな、今度は唖然としています。前回に続き、すごいボリュームのプレゼンです。授業が終わって「いかがでしたでしょうか?」。「すばらしかったよ。ただ、テーマと化粧品との関係性が希薄に感じました。コンセプトを強引に組み立て、自分のやりたい表現に持ち込もうとし過ぎていたかもしれないな」。「ええ」。「T君は、無意識かもしれないが作品化しようとするあまり、コミュニケーションを置き去りにしているところがあるかも…」。「コミュニケーションって、何なんでしょうか?」。「いい質問ですね。『かっこいい』の捉え方が単なる色やカタチだけではなく、明解な理念に裏打ちされて商品が作られているかどうかをみんなが見てるわけ。本当に『かっこいい』のと、『かっこうがいい』のとはずいぶん違って『かっこいい』は、多くの人に共感されることです。コミュニケーションが通じ合うデザインは、お客様との間に絆が芽生えていきます。それが買いたいという気持ちになっていくわけです」。「あの…。プレゼン前に妹にこのデザインを見せたのですが、『かっこいいと思うけど、私は買わない』って言われてしまいました」。『気づきに気づく』。三木組、三回生、前期の授業は、これでおしまい。三木組のみなさ~ん、お疲れさまでした。




三木組奮闘記『駅 Part 1』

大阪芸術大学デザイン学科、三木組の授業内容をドキュメンタリーで紹介する『三木組奮闘記』。三回生、前期二つ目の課題は『駅』。『駅』とは何かを考える中で鉄道・船・飛行機の『駅』といった公共の『駅』そのものを捉え研究するもよし、また『駅』をメタファー(比喩)して『音楽の駅』や『ニュースの駅』や『言葉の駅』といった実際の『駅』とは違いながらも、『駅』のもつ機能や価値を見据えブランディングやイベントの企画に展開してもかまいません。列車への乗り降りや貨物の積み下ろしに使用する『駅』のホームを、英語では『Platform(プラットフォーム)』という呼び方をします。また、コンピュータにおけるオペレーティングシステム(OS)やハードウェアといった基礎部分を指す言葉も『プラットフォーム』と呼びます。加えて、それらの組み合わせや設定による環境などの総体を指す言葉としても使われています。その『プラットフォーム』が、いま、あらゆる分野の仕組みづくりで注目を集めています。多くの人やモノやコトが自由に参加できる『プラットフォーム』や『コミュニティ』をどのように考えていくか。デザインが生まれる前の土壌をいかに耕し『みんなのデザイン』にしていくか。個人と社会の関係を見つめながら新しい『駅』の可能性について発想を広げてみてください。

切符[文化と自然がギュッと詰まったプロジェクト]
課題の解釈や発想のジャンプのために、僕は自分の仕事やコレクションしている本やグッズなどを通して「気づき」のヒントをいくつか紹介することがあります。「みんな、集まって!ここに唯一、僕が持っているルイヴィトンの商品があります」。「えっ!なに、なに?」。「じゃ~ん。これ『東京』というタイトルで画家の山本容子さんが描いた旅の本。ルイヴィトンのコンセプトは一貫して『旅』。この本、パリ・ニューヨーク・ロンドン…と、その地域を拠点とする画家達に街を紹介する絵を依頼したもの。この『東京』、すごく味があるでしょ。山本容子さんの絵の中に東京の下町の人間模様が描かれています」。「素敵!すご~い!こんな本があるんだ。鞄しか見てなかった!」と、女性たちの声。それから数時間後、Oさんとのコンセプトミーティングが始まりました。「あの本、感動しました」。「いいでしょ。僕の宝物です」。「今回の『駅』のアイデア、こんなのどうでしょうか?近鉄の鶴橋から伊勢市までの沿線でそれぞれの文化や自然を紹介する小さな本を作りたいと思います。そして、それぞれの駅の切符もデザインして、その本にコレクションする企画です」。「切手のコレクションみたいな感じですか?」。「はい。文化と自然をコレクションするプロジェクトです」。「いいですね。どんな表現方法にするんですか?」。「私、いろんなイラストを描くんですが、今回は、すべてアナログで描きます。山本容子さんの本にシビレました」。「そのシビレが次にOさんの絵を観た方をシビレさせますよ」。数週間後、9つの駅の文化を丹念に調べ、すごく味のある切符と小さな本を仕上げてきたOさんの仕事、とても丁寧に描かれています。それぞれの駅で下車したくなるようなデザインに三木組のみんな感動しています。手の平に収まる小さなデザインの中に文化と自然がギュッと凝縮されています。



ホンマノオバマ
「駅、色々考えたんですが地元の駅にしようかと思うのですが…」。「いいんじゃないですか」。「どこですか?」。「私、福井県の小浜(おばま)市出身なんですが…小浜駅です」。「あの、オバマ大統領就任の時に話題になった小浜なんだ」。「えぇ…。それで、小浜の魅力を歌にしてみんなに伝えようかと思うんですけど…」。「歌って、唱うの?」。「サークルで音楽やってるんですが、作詞、作曲、歌、CDと小浜の本を作ろうかと思うんですけど…」。「いいんじゃないですか。昨年の三木組で彼氏に作曲してもらって唱った人がいましたね」。「知ってます。同じサークルの先輩ですから」。「本当に!」。「ところで、小浜の本なんですが、どんなまとめ方がいいか相談に乗っていただきたいのですが…」。「まずは、小浜の取材から始めることだと思うけど、単なる観光ブックじゃ、どこにでもあるからね」。「そうですよね…」。「僕の知人で親日家のフランス人女性は、日本を訪れる度にヴィジュアルダイアリーともいえる旅の記録を本にしています。彼女の感性に響いたものを写真に撮り、その地でプリント。展覧会のチケットから雑誌の切り抜き、街で配られている販促ツールやお守りにいたるまで、その時に感じたメモやスケッチとともにスクラップをしているんです。旅と同時に進む編集とでもいうか、そこに、彼女の目で切り取られた日本が浮上してきます。その本、会う度に見せてもらうのですが実に楽しい。いわゆる旅のガイドブックにあるような、お決まりの観光ガイドとは一線を画しています。なんか、そんなスクラップブックのようなデザインはどうですか?」。「がんばります!」。みなさ~ん、Hさんのライブいかがでしたか?また一人、三木組からシンガーソングライターが誕生しそうですよ。

ホテル環状線
Y君のプレゼンが始まりました。「JR大阪環状線の周辺で飲んでたり、仕事が押して終電に乗り過ごした人達に低価格で止まれる『ホテル環状線』という企画です。終電から始発までの電車を利用してホテルにするアイデアです。簡易なアメニティグッズも用意して、朝方にはお結びが朝食として配られます」。「おいおい、終電から始発までの電車を利用するって、点検や清掃もあるんだよ」。「あっ!そうですよね!」。「まあ、既成概念にとらわれない大胆な発想が新業態を生み出す可能性だと考えるとして、ところでこの写真、環状線の駅なの?」。「えっと、えっと、環状線で挑戦しようと考えたのですが、あまりの人でどこの駅も終電に乗り遅れたイメージが出せなくって、企画が採用されたと仮定して、環状線ではない、人の少ない駅を選んで撮影しました」。「了解しました。それにしても大胆な写真ですね。中年のサラリーマンが枕をもって電車に乗り込んでるんですから、撮影風景を想像するとすごい光景ですね」。「はい。終電前の電車でガラガラだったんです」。「ところで、このモデルは、どなたですか?」。「父です」。「えぇ〜。お父さんなの?」。すると、三木組の女子から「Y君のデザインには、よくお父さんが登場するんですよ!」。「本当に!」。ビックリです。息子の課題のために、終電前の電車にスーツ姿で枕を抱えてくれるお父さんに拍手です。
素敵な親子関係ですよね。実際に環状線をホテルに使用するのはハードルが高そうですが、目的を『時間』によって変えることや、『空間』の別利用や、多くの『人間』のために場を提供するといった『間(ま)』を意識したアイデアだと思います。それと、もしこの広告に遭遇したとしたら、すごいインパクトでしょうね。「Y君のお父さんに、もう一度拍手!」。三木組、拍手が鳴り止みません。
いかがでしたか?楽しいアイデアでいっぱいですよね。手の平サイズの小さな本と切符に込められた文化と自然。なんだか、ほのぼのとした気分にさせてくれる歌声。お父さんの大きな愛に包まれた広告。三木組のみんな最高でしょ!毎回、何が飛び出すか分からない緊張のステージ。それぞれに潜む物語。次回の『駅 Part 2』もご期待くださいね。


三木組奮闘記『逆転カンパニー Part 2』

大阪芸術大学デザイン学科グラフィックデザインコース、三木組の授業内容をドキュメンタリーで紹介する『三木組奮闘記』。2012年度前期、3回生の学生たちの『逆転カンパニー Part 2』。ユニークな学生たちの奮闘ぶりをご覧下さい。
路地裏探検隊
「逆転カンパニー進んでいますか?」。「はい。町の表通りと裏通りなんですが、表通りに注目が集まることが多いと思うのですが、裏通りにこそ暮らしに根付いた町の魅力があるように思います。そこで、表から見る町の景観ではなく、裏からみる町の景観を通して町の魅力を語ろうと思うのですがいかがでしょうか?」。「いいですね」。「それで、町を探検するのが大好きな犬『探犬』をキャラクターに据えて、その犬の視点から町の魅力を見つけ出そうと思います」。「どんな性格の犬なんですか?」。「性格ですか?」。「はい。キャラクターは日本語で性格。つまり、キャラクターの性格を明解にした方が見る側も楽しいし、作る側も制作しやすいんじゃないですか」。「はい」。「では、このプロジェクトの目的は?」。「…」。「では、このプロジェクト名は?」「え~っと、これからです。次回までに考えてきます」。
翌週、Y君が準備してきた内容は、プロジェクト名が『路地裏探検隊』。『探犬』のキャラクター設定は、探検が好きなちいさな犬で、鼻がとてもよく効き、楽しいことをすぐに嗅ぎつける、そして好奇心旺盛。目的は、町の魅力を再発見するワークショップを行うことで、町の活性化を計る。プレゼン当日、Y君はこんな話から語りかけます。「路地裏は発見と気づきでたくさん。町の裏側、路地裏を舞台に自分の住み慣れた町や知らない町を探検好きの犬『探犬』と一緒に、気づきと発見をみつける探検隊プロジェクト。これが僕の逆転カンパニーです」。キャラクターの『探犬』を見た女子全員が「かわい~い。この子と探検に出た~い」。にっこりするY君。鼻を真っ赤にしています。

かまぼここぼまか 
表と裏、白と黒、男と女といった、はっきりとしたモノばかりが逆転ではない。日本の食文化にあるような「甘い辛いは、分かるけど、ほんのり苦いやかすかに渋いに気づく」といった繊細な味覚の中で逆転に気づく感性もある。
何か質問をすると「わからへん!」が口癖のN君が題材にしたのは、なぜか『かまぼこ』。30種類の味の違いをそれぞれのキャラクターに見立て、味の個性をダイアグラムで表してきました。食べ比べることで口に広がる味の逆転。そんな繊細な逆転の味を個性の強いポップなデザインで仕上げてきました。ダイアグラムにみるキャラクターの性格図は、味のバランス。「ねえ、どうして『かまぼこ』なの?」。「わからへん!」。

まちある
フィールドノートを持って町に観察に出かける。Dさんの逆転カンパニーは、日常の風景にある窓のカタチや電信柱のカタチなど、そのカタチを意図して作ったものではないのに、あるカタチに見えてしまう『見立て』。子どもの頃からアルファベットの『H』に見えてしまう煙突が気にかかっていたというDさん。そんな想像力を生かしながら町に出かけてAからZまでの26文字のアルファベットを探す旅に出かけるという。偶然の幸運に出会うように町を旅する。探しても探してもみつからないアルファベット。「探していたカタチがみつかると、なんだかうれしいの。町全体を使ってアルファベット探しゲームをしているようで、いつもと同じ風景が違ってみえるの!」。そんな感想を聞かせてくれたDさんが作ってきたのは、『まちある』というタイトルのタイポグラフィ絵本。町にあるアルファベットを略して『まちある』らしい。みんなの町の『まちある』をネットで共有したら、いろんなアルファベットが集まる。地図と一緒にローカル情報を添えれば、アルファベット観光ができるかも…。

pocket pocket 
刺繍大好き、ボタン大好きのSさんの提案が始まりました。「もしも、ポケットを自由に取り付けることができれば、ポケットがリバーシブルだったら、いつも定位置のポケットが自由に付け替えられるとしたら、逆転カンパニーだと思いませんか? ボタンいっぱいの服もかわいいし、時に鞄にポケットを付け替えてもチャーミングだし、ポケットをもっと自由にするの…」。「ほう~。ポケットという名の小さなポーチなのね」。「かわいいと思いませんか」。「そうだね」。「気分で変えたり、機能でかえたり、ネーミングは『pocket pocket』」。楽しそうなデザインは、楽しもうとするデザイナーから生まれる。みなさん、デザインを楽しんでますか?

うんちのはなし 
動物園に出かけたKさん。運悪く、後ろ姿の動物にばかり出会う結果になり、非常に残念な思いをしたことがあるそうです。そんな状況を逆手に取って、後ろ向きの動物に出会っても楽しくなるような楽しい動物園のあり方を提案したいと意気込んで、後ろ向きの動物を粘土でたくさん制作していたのですが…。「あの、アイデア変更してもいいですか」。「ええ、どうして?」。「なんか上手くアイデアが定着しなくなったんです」。「いけると思うけどな~」。「それで、今度は、子どもたちの健康を親子で考える「うんち」をテーマに進めようかと思います。今まで作ってきた動物の後ろ向きキャラクターはそのままにして、子どもたちと「うんち」の話をする時のインターフェイスに使用しようかと思うのですが…」。「いいけど、急激な変更ですね。いまから間に合う?」。「なんとかやってみます」。プレゼン終了後、「いかがでしたでしょうか」と不安気。「うん、後半に急遽なアイデア変更をしたことが痛かったですね。内容の詰めなどに時間が取られ、グラフィック的には文字を流し込んだだけのエディトリアルになってしまった感がある」。「そうですよね。次の課題で頑張ります」。自分の仕事を俯瞰して眺める姿勢、これこそが伸びる人。がんばれ、Kさん。
と、いうわけで三木組奮闘記『逆転カンパニー 』、まだまだユニークな学生たちがいるのですが、一旦これで終了。「難しい!」「わからない!」と戸惑いをみせていた三木組のみなさん、考え方や作り方からデザインを始めなきゃ、新しい価値はなかなか見つけ出せないですよ。源を見つめる。物事の本質に触れる。社会の課題を探す。つまり、与えられるものから、見つけ出すことへと意識を変えないといけませんね。『逆転カンパニー』は、気づきのデザイン。造形も大事だけど、造形ばっかりを追いかけているとカタチが消えてしまった時に手も足も出せないよ。見えない所にもデザインはいっぱいあるんだから…。


三木組奮闘記『逆転カンパニー Part 1』

大阪芸術大学デザイン学科グラフィックデザインコース、三木組の授業内容をドキュメンタリーで紹介する『三木組奮闘記』。2012年度前期、3回生の学生たちの奮闘ぶりをご覧下さい。
まずは、僕のこんな話から…。みなさ~ん、子供の頃にいろんなものを逆さ読みして遊んだことありませんか? Jリーグの『コンサドーレ札幌』は、『ドサンコ(道産子)』を逆さ読みして、ラテン語の『オーレ』を組み合わせた名前です。競馬の『ゾルトンワージ』を逆さ読みすると『ジーワントルゾ(G1とるぞ)』。風邪薬の『EZAK(エーザック)』を逆さ読みするとローマ字の『KAZE(風邪)』。回文の『わたしいまめまいしたわ』は、前から読んでも、後ろから読んでも同じ意味になります。衣服を裏返して新しい価値のファッションを提案するデザイナーもいます。目に映らないところに真実があると、見えない箇所にも徹底してこだわる人がいます。Appleのスティーブ・ジョブスは、一般の人がほとんど見ることのない「プリント基盤が美しくなければならない」とこだわった人です。そのこだわりが無駄のない美しいインターフェイスやプロダクトを生んだといってもいいかもしれません。
今回の課題は、逆転・裏返しの発想で新しい価値のコトやモノを探しだす『逆転カンパニー』。街を観察する。公園を観察する。家を観察する。観察対象は自由です。逆転・裏返しの発想で、いつもは気にも留めていなかったモノやコトの中から気づきのヒントを探し出してください。「あれっ!」「えっ!」「知らなかった!」「こうなってるんだ!」と、気づくと、人は「ねぇねぇ、聞いて!」とコミュニケーションを始めます。これが理解のきっかけです。そんな『気づき』を発見したら、あなたの想像力をフル回転させて、いままでにないユニークな発想で『逆転カンパニー』を想像してください。全てが裏返しのお店を発想する人、回文で本を作る人、リバーシブルにこだわる人…。パンを焼こうが、歌を作ろうが、農業をしようが、広義にとらえてクリエイティブであれば全て自由です。「すまいてし待期に想発の転逆のはでらなたなあ」。

MAKE PHOTO
海外での放浪旅から戻って来たT君。「一丁やるか!」といった闘志が漲っています。
しかし、『逆転カンパニー』という自由に解釈のできる課題に少し戸惑っている様子。コンセプトを説明してくれるも、自分の世界に浸り過ぎています。「ダメっすか?」。「少し無理があるように思うな。ところで、君が一番興味のあるデザインは?」。「タイポグラフィや写真などに興味あります。自分にしかできないオリジナルな作品を作りたいと思っています」。「タイポグラフィって、誰かがデザインしてるよね」。「えぇ」。「僕たちがPCで何気に打ってる文字だって、誰かがデザインしてる。紙だって、コンピュータのソフトだって、カメラのレンズだって、誰かがデザインしてる」。「ハ、ハイ」。「いま、君が使っているプロダクトやソフトは、全て誰かがデザインしてる。オリジナルを目指すなら作り方そのものを見つめなきゃ」。「ハイ」。「つまり、既成のものをそのまま使うんじゃなくって、それを逆転する発想にならないかな?」。「えっ!」。彼の目が輝いた。「そう!作り方を作るということ。というわけだから、期待してるね!」。
翌週。カメラのレンズに装着するフィルターに注目してきた彼。ペットボトルの底をフィルターと捉えたり、平らなペット樹脂を熱でゆがめオリジナルなフィルターを作ったりと、道具からデザインをはじめた様子。加えて、オリジナルのタイプフェイスを作ってそのフィルターで文字を変形。『MAKE PHOTO』なるプロジェクトへと仕上げてきた。「どうでしょうか?」。「いいね。作り方そのものを作ってきたんだね」。コンセプトを知らせる内容もダイアグラム化されていてインフォメーションデザインについても意識されている。「でもさ、このダイアグラム、取説みたいで楽しくないんだけど…」。「えぇ!」。この段階で相当徹夜をしている様子。顔が歪む。しかし、この才能、目覚めさせればまだまだ伸びるはず。「プレゼンまでもう少し時間があるよ。もう一踏ん張りやってみない?」。「ハ、ハイ」。プレゼン当日、机を14台使っての大プレゼンがはじまりました。「photographyの意味は、photo『光の』とgraphy『描く』が合わさった言葉です。写真は、光で描かれた平面作品だと思います。写真をとる“TAKE PHOTO”ではなく、写真をつくる“MAKE PHOTO”をコンセプトにカメラというキャンバスに光を走らせようと思います。そこで、独自のフィルターを考案して、写真のつくり方そのものをデザインするプロジェクトを展開したいと考えました。作り方の作り方からはじめる事で既成を逆転すると捉え、オリジナリティを追求するプロジェクトに仕上げました」。三木組のみんな言葉を失って、唖然としています。気合い入りまくりの『逆転カンパニー』です。
考え方、作り方、そのものをデザインする。僕が彼に伝えたかったのは『 Think different. 』。
http://www.youtube.com/watch?v=nytz2zfJL3I




まだ僕はあくびしてる
いろんな動物を描きしたためているK君。「逆転カンパニー、なかなかアイデアが定着しなくって…」。「では、すこし雑談をしましょう。皮膚科の医者の中には、皮膚は内蔵や心が表面化したものという見方をする人がいます。皮膚の異常は、食生活やストレスが大きく関係してるという考え方なんでしょうね。見方を変えれば、逆転の発想ですよね」。「はい」。「ここにいる、動物たちが、もし着ぐるみを着ていたとしたらどうしますか?」。「えっ?」。「例えば、ゾウが大きな体をくねらせて、着ぐるみを脱いでウサギになったとしたら?そのウサギがまた着ぐるみを脱いでキリンになったとしたら?」。「あっ!それって、マトリョーシカの入れ子構造。映像で作ったら面白そうですね」。「映像作れるの?」。「いいえ」。「… 」。「あの〜、でも、やってみます。いや、やりたいです。どんどん服を脱ぐように変化する動物の絵を描いてみます。アニメも自分なりに研究してみます」。「やれる?」。「はい、やります」。急に本気モード全開のK君。翌週。「できましたか」。「はい。あくびしながら動物がどんどん変化する映像を作ってきました」。クラスのみんなが集まってきます。「すご〜い」。「かわい〜い」。K君、にっこりともせず「この動物たち、しりとりで変化して、また元に戻る循環のデザインなんです」。「えっ!」。「こうのとり→りす→すずめ→めだか→かば→ばった→たぬき→きつつき→きつね→ねこ→こあら→らくだ→だちょう→うし→しか→かもめ→めんふくろう→うま→まんた→たこ→こい→いるか→からす→すかんく→くじゃく→くま→まんとひひ→ひょう→うみうし→しか→かも→ももんが→がらぱごすぞうがめ→めじな→なまけもの→のどあかはちどり→りすざる→るりこんごういんこ→こりー→りゅうぐうのつかい→いぬ→ぬびあんやぎ→ぎんざめ→めがねざる→るりかけす→すいぎゅう→うーぱーるーぱー→ぱぐ→ぐんかんどり→りびあやまねこ→」。「本当だ。すご〜い!」。「すごいよね!」。K君の鼻が思わずピクリッ。目元が微笑んでいます。K君の心模様が皮膚に映し出されています。

cloth toy
「あの〜、野菜や果物の皮をむいて中を見る行為、外側から内側への逆転カンパニーにならないでしょうか?」。「なると思いますよ」。「その…。実はそこから先がうまくつながらなくって…」。「では、モンテッソーリが考案した幼児教育法を知ってますか?」。「いいえ」。「イタリアの医師、モンテッソーリが知的障害児を診断していて考案した玩具があります。指先を動かすことで感覚が刺激され知能が向上されるというものです」。「ええ」。「紐の結び方やボタンの留め方など他にもいろいろな玩具が考案されているようです。それらの玩具を通して質量や数量の感覚を養ったりもするようで、暗記とは違う経験に基づいて幼児の知能を向上させようとした手法です」。「へぇ〜」。「その道具を使って言語教育へと発展させることもあるそうです」。「ふ〜ん」。「そこで、Oさんの野菜や果物の皮をむいて中を見る行為という発想を『子どもたちの知育玩具』へと発展してみるのはどうでしょうか?」。「あっ!フェルトで枝豆をデザインして、皮をむくと中から豆が出てくるってのどうでしょ?」。「いいと思います。ただ、子どもたちにその行為を通して何を感じ取ってもらえばいいでしょうか?」。「えっと、枝豆の外側と内側の違いを感じてもらう。それから豆の数も数えられるし、それぞれの豆に子どもたちと名前をつけて物語も展開できるし…」。「いいですね。子どもたちが好奇心を持つ、体験をする、何かに気づく、対話が始まる、そんな行為を生む道具がいいですね」。「わっ!なんか作れそうな気がしてきました」。プレゼン当日。彼女は、こんな会話からスタートしていきます。「子どもたちは手で触れて遊ぶ事で多くのことを学びます。ここに用意した『cloth toy』は、子どもたちの疑問を大切に「なんだろう?」から始まって「どうなってるの!」へと好奇心から観察、そして想像へと導く知育のための玩具です。つまり、見て、触れて、感じて、ひらめいて、すくすくと想像力が目覚めるような道具なんです。子どもたち自らの力を導きを出すことを大切にしています。みなさん、どうぞ、触れてみてください…」。三木組のみんな「かわい〜い」とはしゃいでいます。指先がこんなにトキメク掌(たなごころ)のデザイン、素敵ですよね。
さて、みなさん『逆転カンパニーPart 1』いかがでしたか? 作り方の作り方をデザインしたり、初めてのアニメに独学で挑戦したり、行為という体験をデザインしたりと、みんな柔らかな発想でしょ。近々ご紹介する『逆転カンパニーPart 2』もお楽しみにね!