KenMiki & Associates

三木組奮闘記『◯+◯=行為と状況』(前編)

みなさ〜ん、お待たせしました。久しぶりの三木組奮闘記です。
さて、今回の課題は、『◯+◯=行為と状況』。4月にこの課題を発表した時、学生達は不思議な図式にキョトンとした表情でした。小学校の頃、算数の授業で「『3+2=◯』は、いくつでしょうか?」。「は〜い。『5』です」。「よくできました」。なんて、みなさん経験していますよね。それが「『◯+◯=5』の◯の部分に数字を入れてこの数式を完成させてください」となると、たくさんの数式の組み合わせにみんな戸惑います。それでも課題の意味をしっかり理解すると『1+4=5』『6÷3+3=5』『2×2+1×1=5』など、自由な数式をつくりはじめます。つまり、答えの5に向かって自分なりの数式を組立てることで、いくつものプロセスがあることを知るのです。この課題、いいかえれば、答えという『ゴール』に向かうためにプロセスという『物語』をいかに組立てていくかを学ぶ『文脈をつくり出す算数』といえます。
『◯+◯=行為と状況』という課題は、自分で研究対象を決め、その研究対象をコミュニケーションデザインの視点から新しい価値や魅力を引き出すことができれば、おのずと『行為と状況』が生み出されるという方程式になるのです。
よって、イベントを企画しても、商品開発を行っても、ポスターを作っても、媒体や方法論など全て自由です。まずは、自分たちの興味のあることから研究対象を見つけ出していきます。与えられた答えを探すための方程式ばかりを覚えてきたみんなは「研究対象を自分で決めてください。独自の方程式を作り出してください」といわれても何から手をつけていいか分かりません。それでも根気強く『考え方の考え方』についてディスカッションを重ねて行くと数人の学生がなんらかの気づきを見つけ始めます。その彼らの考え方がデザインとして姿を見せはじめると、スロースターターの人も「あっ!」と、なんらかの方程式を見つけはじめます。その「あっ!」のプレゼンテーションが2週に亘り繰り広げられました。すごい熱気です。学生達の頭の中に最終到達ラインのイメージがあるのでしょうか。まるで、五輪の陸上の参加標準記録に挑む選手のように、高い目標が設定されているように感じます。昨年の三木組の学生達の活躍ぶりが彼らに何らかの影響を与えているように思えてなりません。では、その「あっ!」の中から三木組の約半数の『10のプレゼン』をご紹介します。まずは、前半の『5つの「あっ!」』から…。


Brushdance 
『ぬいぐるみ』による楽しいキャラクターを作るのが得意なHさんは、歯科のキュア(cure)とケア(care)に注目して今回の課題に挑戦してきました。治療といった不安を和らげるリラックスできる『状況』を作り出すことと、正しい歯磨きによる予防を『行為』と捉えて物語化を作ってきました。
「きれいに整った歯列は、まるで歯がラインダンスをしているように思いませんか?」。「きれいに整列させるための矯正は、ダンスのコーチ。ピカピカに輝かすクリーニングは、メイクアップ。ほら、ラインダンスをしているように見えるでしょ!」。ユニークな発想です。「それで、プロジェクト名は、歯磨きの『Brush』と踊りの『dance』を組み合わせ『Brushdance』にしようと思うのです」。「映画の『Flash dance』になぞらえて、それぞれの歯が『Brushdance』の劇団メンバーという設定になっています」。「まず、『Team 切歯(せっし)』は、にっこり笑った時にキラリと光る看板スター。『Team 犬歯(けんし)』は、とがった頭がシャープな個性派なの。メンバー数は少ないけれどチャーミングな人気者。そして、『Team 小臼歯(しょうきゅうし)』は、犬歯と大臼歯の2つのチームを橋渡しする役目を担っています。『Team 大臼歯(だいきゅうし)』は、大きな体で安定感抜群なんだけど、見えにくい位置にいて汚れ役にもなりがちなんです。それから、『OYASHIRA’S』という芸名の『親知らず』は、パンクバンドで激しいライブパフォーマンスが定評。劇場という口内で無茶苦茶暴れることがあるで、時につまみ出されるの…」。「うへぇ〜。面白すぎます」。三谷幸喜の脚本のようなユーモアのあるキャラクター設定に、クラス全員の顔がほころび始めました。このぬいぐるみの歯を使って患者に『歯の原理』を説明するというのです。人形劇団『Brushdance』を観に歯医者に通う。そんな患者が出てくるかもしれません。「チャーミングな発想でしょ!」そして、治療の際の前掛けにはスマイルの顔がついており、患者側から観ると「don’t worry(心配無用)」と書かれているそうです。診察券は、チケット。歯磨きセットを入れる巾着袋は、リボンを縛ると立体的な歯に見える仕組みになっています。「素晴らしい!最高です」。このまま商品化して売り出せるのではと思えるアイデアで一杯です。「みなさん、いかがですか?」。こんな歯医者をテーマにした『行為と状況』の表現。「ユーモアは魔法の薬」といったサヴィニャックも驚きそうなデザインだと思いませんか?「見事」という他ありません。


本拠屋
いつも思量深く、デザインの源を探し求めているSさんのプレゼンテーションがはじまりました。「みなさん、本を選ぶ時、何気に興味をひかれた本を手に取りませんか?」。「実はこういうことにも自分は興味があったんだと、気づくことってありませんか?」。「無意識とでも言うのか、心の表れとでも言うのか、今のあなたの気持ちが正直に表れるのが本を選ぶ『行為』だと思うのです」。「『本』という漢字には、『まこと・本当のもの』という意味が含まれています。『本当の自分に出会える…』。それが『本』が教えてくれるものだと思うのです」。「本を選ぶ。そして、本を読み続ける中で『もととなるよりどころ』の『本拠』といった自分自身にたどり着く…」。「本屋とは、ヒトとモノ、ヒトとコト、ヒトとヒトを繋ぐ場所ですよね。そこに芽生える『こころ』のあり方が『状況や行為』を生み出す活動の原意になっていると思えてなりません」。「私が提案するのは、『本拠屋(ほんきょや)』という本屋。『もっともピュアなあなたになる』というステートメントが表すように、自分も知らなかった自分に出会う『気づき』について探ってみたいと思います」。「ほぅ〜」。三木組全員がえらく頷いています。面白い研究テーマです。広く告げる『広告』から、心を告げる『心告』へとコミュニケーションデザインの立ち位置をシフトをさせていこうと思っているようです。静かな語り口の中に深く強く思量されたコンセプトが広がっていきます。『おさなごころ』『たなごころ』『ものごころ』『はなごころ』『まごころ』といった5つの『こころ』をコンテンツにデザインが組立てられています。心象の風景を映し出すような深く静かな表現に三木組のみんなが引き込まれていきます。ザワザワしていた教室の空気が一気に凛としてきました。


伽哩堂(カリードウ)
好物のカレーをテーマに商品開発を進めてきたYさんとは、「おいしいとは何か?」について長く語り合ってきました。「20種類もの香辛料が複雑に絡み合うカレーが今回提案する商品です。その組み合わせのバランスを少し変化させるだけで全く異なる味になります」。「そこで、3種類の商品開発を行いたいと考えています」。「つまり、『おいしい』を示す『行為と状況』を表現したいと思っています」。「いいんじゃないでしょうか」。「まずは、20種類の香辛料の絵を描いてみたのですが…。『行為と状況』がなかなか上手く表現出来ません…。なんかアドバイスをいただけないでしょうか?」。「『おいしい』って味覚だけで感じることじゃないですよね。見る・触れる・臭う・聞く・味わうといった五感すべてが絡み合って感じる『行為』。口の中で広がるおいしさの『状況』を誰かに伝えるとしたら…。『おいしい』を可視化するってどんなことだろうね?」。僕の中に若い頃に衝撃を受けたダイアグラムが浮かびました。1970年代から80年にかけて杉浦康平さんが研究していた『情報の図化』という一連の仕事です。杉浦さんが研究していたのは、時間や速度や量といった特定の単位から地図を再定義するものです。ひとつの基軸で地図を描き直してみると、世界が大きく変形して『世界を再発見』することができるのです。その発想に驚いてまもなくした頃『感覚を図化』するといった口の中で広がる食の体験をダイアグラムによって表現した作品が発表されました。五感全てが絡み合っていくような『おいしい』という感覚を時間軸で表現してきたのです。その時の驚嘆がいまだに忘れられません。
「『おいしい』を地図にしてみませんか?」。「Yさんは複雑に絡み合う香辛料を使って『おいしい』を組立てていく指揮者です」。「始まりは、かすかな辛さのピアニッシモからです。そして、じょじょに辛くなるクレッシェンドへ。そこに素材の味が絡んでアクセントが…。続いて、汗があふれ出してきます。すごい辛さのフォルティッシモです。そんな味の奥深さを伝えていくのはどうでしょうか?」。杉浦さんの30年以上も前の発想をヴィジュアルを見せずに言葉で紹介していきます。彼女の目がどんどん輝いてきました。「やってみます。『感覚を図化する』なんて!すごい発想です」。「いゃ、これは、僕の発想ではなくて…」。この発想を使ってどのような味の演奏を組立ててくるのでしょうか?Yさんの指揮による香辛料をたくさん使った交響曲『カレー』。味のオーケストラ『伽哩堂(カリードウ)』の演奏が始まりました。


更 sarani
日常の些細なストレスの積み重ねが病気を引き起こしたり、自分を見失うような心の負担になっているのではないか?日常のストレスから自分を解放させる『行為や状況』とは?気持ちを落ち着かせたり、気分を転換させたり『気づき』を見つけるブランドを展開するというSさんが注目したのは、自分の名前の中にある『更(さらに)』という漢字。「『更』の意味を調べてみると、『ますます 』『あらためて』『かさねて』という言葉が見つかり、『気持ちをますます』『気分をあらため』『心をかさねて』と広がる素敵な漢字だと気づいたのです。
そこで、その『更sarani』をブランド名として、『masumasu(ますます) 』『aratamete(あらためて)』『kasanete(かさねて)』をコンテンツとするようなデザインを展開しようと考えていますが…」。「いいんじゃないですか。『甦る(よみがえる)』という漢字も『更+生』と書きますよ」。この会話、彼女とのコンセプトミーティングを振り返ったものです。僕の授業では学生達とのディスカッションに大半の時間を使います。「名前は理念の声。理念が決まれば名前が見える。名前が決まれば活動が見える」。「悩み始めた時は『言葉の散歩』に出かける」。授業中、口が酸っぱくなるほど話す内容です。名前が決まった彼女。今度は活動を具現化する商品へと繋げていきます。『気持ちをますます(masumasu) 』『気分をあらためて(aratamete)』『心をかさねて(kasanete)』といったワードがマーチャンダイジングを明解にしていきます。



横断歩道
「この課題、どこから手をつけていいのか分からないんですが…」。Yさんとのミーティングでの彼女の第一声です。これは、彼女に限ったわけではありません。三木組のほとんどが「難しすぎる」。「わからへん」。「ふぅー」。といって僕の前にやってきます。昨年初めて教鞭をとった時には、「しまった。この課題、難しすぎたのか?」と思ったのですが、学生達の発想を丁寧に紐解きながら疑問をぶつけ合うと、僕の予想をはるかに超えるジャンプ力を発揮してきます。そんな授業の始まりをここで紹介します。「今一番興味のあることは?」。「サークルのメンバーと音楽やってる時です」。「ボーカル?」。「ベースです」。「何人のグループ?」。「5人です」。「ライブに出演する?」。「はい」。「オリジナルの曲を演奏するの?」。「えぇ」。「観客はのってきますか?」。「はい」。「それって『状況や行為』じゃないですか?」。「えっ」。「歌うや踊るって『状況や行為』を表現するのにピッタリじゃないですか?」。「あっ!私、うちのグループのCDジャケットデザインします」。「CDジャケットもいいですが、君たちのグループのソフトウェアは、何ですか?」。「えぇ。ソフトウェアですか?」。「楽曲を作ることじゃないですか。作詞・作曲。オリジナルの歌を作って演奏会を開く。そこに『状況や行為』が生まれるんじゃないですか。歌詞は、理念の声。作曲は理念のリズム。歌は理念の表現でしょ!」。「はっ、はい」。「音楽は、まさにデザインそのものですよ。バンド連れて来てクラスでコンサートを開きませんか?」。「えっ。いいんですか?でも、みんな学科違うし、授業バラバラやし、私、作詞も作曲もしたことないし…」。「誰が作曲してるんですか?」。「建築学科にいる人です」。「じゃ、君が作詞で、彼が作曲で、ボーカルも君でいきましょうか」。「えぇ、ほんとにそれでいいんですか?」。「はい。もちろんCDジャケットも全てデザインして、グループのみんなとコンサートで演奏する曲にまで仕上げるんですよ」。こんなやり取りから生まれたのが、『横断歩道』という楽曲。彼らのパフォ−マンスをどうぞみてやってください。

いかがでしたか三木組、5組のプレゼンテーション。みんなユニークでしょ!というか、その気、やる気、本気モード全開でしょ!そして、何よりデザインを楽しんでいるでしょ!言い訳や文句ばっかりいってる諸君、デザインって無茶苦茶楽しいコミュニケーションですよ。あなたの『状況や行為』を一度見直してみませんか?次の5組のプレゼンテーションは、次回のコラムで。乞うご期待