KenMiki & Associates

オープンデスク

親しくしている建築家のお嬢さんからオープンデスクを希望するメールが届きました。彼女が中学生の頃にノートいっぱいに描いていた少年のイラストを見せてもらって以来の5年ぶりの再会です。現在、大阪大学で人類学を専攻する一方で、デザインの勉強もしているとのこと。将来のことや自分の関心について日々模索する中で、創作に対する興味が湧いてきてデザインの現場に触れてみたいという希望です。
オープンデスクの期間は2週間。通常は、アシスタントとして作業を手伝いながらデザインの流れを体験しますが、今回は手法を変え、彼女のイラストを生かした絵本創りで、コンセプトからデザインまでの流れを体験してもらうワークショップにしました。と、いうのも彼女から届いたオープンデスクの依頼文が過不足のない内容で、長けた文章力の持ち主だと感じたからです。単に挿絵として絵を描くだけでなく、著者としてメッセージを発信する。そこにクリエイティブの醍醐味を感じてもらいたいと思ったのです。
ワークショップ初日、機材の使い方などをスタッフに教わり、まずは肩ならし。彼女の描いた4cmぐらいの小さな男の子のイラストを50倍ぐらいの大きさまで拡大。そこに、イラストのタッチやラインといった作者の個性がクローズアップされ、目には映らなかった「味」が滲み出てきます。その「味=個性」をしっかり意識して、翌日からのシナリオづくりに備えます。
さて、絵本のテーマは、いろいろとディスカッションをする中で彼女が学んでいる人類学を広義にとらえ、多様な価値を受け入れる少年の「気づき」にすることで決定。ちょっと難しいテーマですが、彼女の描く少年の心模様が上手く表現できれば、と、期待しながら見守ることに。
人類学といった学問を平たくメッセージすることで、人間そのものを見つめる絵本を創る。それは、生命の神秘をまるで小説のようなエレガントな文脈で語りかける生物学者の福岡伸一さんや、クオリアやアハ体験で脳の不思議や可能性について分かりやすく教えてくれる脳科学者の茂木健一郎さんのように、専門領域を外へ外へと発信することで、何らかの「気づき」を広くメッセージできるのじゃないか。そんなイメージを持ちながら、僕は彼女のシナリオに耳を傾けました。シナリオが出来ると、言葉と絵を編集しながらのデザイン。コンピュータのスキル不足など表現が自由にならず戸惑いながらでしたが、何度もやり直しヴィジュアルコミュニケーションとは何かを自問自答していたことと思います。
ワークショップ最終日の今日、「ぼく」というタイトルの絵本が何とか仕上がりました。彼女の絵本の巻末にある言葉を借りると、『同じものを見ていても、感じることは人それぞれで、みんな ばらばら。でも、ただ ばらばらなままでいないで、自分になかった価値観を、自分の中に溶かしてみると、いつもの景色がなんだか素敵に見えてきます。今まで気づいていなかった新しい自分を見つける感覚。はっとして、ちょっと楽しくなってきます。凝り固まらず、気軽な気持ちでいろんな価値観に溶け合ってみると、楽しい発見が待っているかもしれません。私が描いた「ぼく」が、もっともっと、いろんな「ぼく」に出会えますように。 竹山香奈 2009年9月5日』と、あります。この2週間のワークショップで、新しい自分を彼女自身が見つけたかどうかは分かりませんが、絵本が完成した時の笑顔が素敵でした。突然届いたオープンデスク希望メールの冒頭にあった「建築家竹山聖の娘の竹山香奈です」が、いつの日か「絵本作家竹山香奈の父の竹山聖です」な〜んて、ことになったりして。