KenMiki & Associates

サイン

ある工場のサイン計画を進めることになって現状視察に出かけたのですが、いたる所に品質管理のための注意事項やマニュアルなど、壁面がすごい情報量で埋まっていました。工場案内をしていただいた方が複数の同業他社の工場を見学した経験があるとのことで、「情報が明解に整理された、しっかりしたデザインのサイン計画の事例をご覧になられたことがありますか?」と尋ねたところ、「おしゃれなサインの工場は、あまり見たことがありません」という返事が戻ってきました。「おしゃれなサイン」という言葉に驚いたというか「おしゃれ=デザイン」という認識に、まだまだデザインの本来の目的や価値が一般に浸透していないんだと気づかされました。
サイン計画は「計画を記号で表す」ことで、単に表面を飾り立てることではありません。目的に向かって間違いなく移動できることや効率を追求し無駄をなくすこと、安全で安心して働ける職場環境を実現することなど、生産現場のあらゆる問題を抽出して、生産基盤や経済基盤をしっかりと組み立て、その解決を行うために工場のインフラにともなって実施するものです。思うに施設の案内をしていただいた方にとっては、おしゃれな服、おしゃれな家具の延長線上に「おしゃれなサイン」が、あったのではないかと思われます。
デザインを定義づければ「目的に向けて計画を立て、それぞれの問題解決のために概念を構築し、視覚や触覚など人の五感や感情までもを意識して表現をすること」だと思います。
designのスペルの中にしっかりsignという言葉があるように、サインはまさにデザインと寄り添っているのです。

社会の眼差し

風や水の力で動く立体造形作品で、世界的に知られている新宮晋さんと久しぶりにお会いしました。新宮さんの作品は、関西国際空港やサントリーミュージアムなどの公共施設や美術館で、また、公園や街の中で、世界中のさまざまな所で、まるで地球が呼吸するかのように自然のエネルギーを取り込んで動いています。絵本を出版されたり、舞台の企画や演出を行うなど、多彩な活動で世界中を飛び回られています。
僕が思うに、新宮さんの全ての創作活動には「自然」や「環境」といった大きなテーマが一貫しており、風や水など地球を循環する自然のエネルギーや地球に暮らす生物や植物に感心を注ぎ、人間の側からの身勝手な自然観ではない「共生」や「共存」を表現しているように感じます。
新宮さんとは、ずいぶん前に知り合って兵庫県の三田のアトリエにお伺いしたり、作品集の装幀をお手伝いしたりと長くお付き合いをさせていただいています。お会いする度に、新宮さんが考えているヴィジョンやスケッチを見せていただき、2時間ぐらいゆっくりとお話をします。いつも新宮さんの頭の中を見せてもらっているような知的好奇心に誘われ、ついつい時間を忘れてしまいます。今回も地球規模のプロジェクトのお話を聞きましたが、その内容は内緒。
新宮さんの作品を眺めていると、眼には映らない風の動きを感じると同時にその風の動きが絶え間なく変化していることにいつも驚かされます。モノを創るということは、理念を具現化させるということですが、同時にその創られたモノが社会や環境の絶え間ないうねりの中で生かされているというのを新宮さんの作品が気づかせてくれます。
デザインも、作者の個性や依頼主の望みが重なって具現化されていくものですが、社会の眼差しにしっかりと応えた必然性のあるものでないと「受け入れられないんだ」とつくづく感じます。僕の事務所にある新宮さんの作品は、今日も秋の風で静かに動いています。

文字

先日、欧文書体制作の第一人者、小林章さんの講演会にゲストとして参加しました。

小林さんは、ユニバースやフルティガー書体で有名なアドリアン・フルティガーさんやオプティマやパラティノ書体で有名なヘルマン・ツァップさんといったヨーロッパの文字の巨匠と一緒に欧文書体を創られている方。講演内容は、平筆を使った実演で文字の骨格やセリフのつき方など欧文書体の成り立ちや、ルール、組版についてなどです。僕の参加したトークショーでは、小林さんが関わったサントリーのロゴマークの監修や、専用タイプフェイスの選定についての話が中心に進められました。

小林さんの話をうかがいながら僕の脳裏に浮かんだのは、ブランディングを中心に活動をしているデンマークのコントラプンクト社のボー・リンネマンさんにうかがった興味深い話です。

V.I.を展開する際、以前は、1. Symbol 2. Name 3. Color 4. Typeという順に優先順位を持つ企業やデザイナーが多く見受けられ、シンボルマークに注力されていたが、昨今では、1. Name 2. Type 3. Symbol 4. Colorという順に移りつつあるという話です。その中でもオリジナルの専用タイプが企業イメージの構築に強い影響力を持ち、デンマークの国営の薬局では、個性のある専用タイプによって、明解なアイデンティティが築かれているとのことです。サントリーが新しいC.I.を導入するにあたり、ロゴマークの精度を高める作業や専用タイプフェイスの選定に小林さんのような文字の専門家を監修者として参加させていることの意義を強く感じました。

また、今月号のAXIS誌に掲載されていた『ドライバーのための新書体 それは、究極の「チラ見」フォント。』では、自動車メーカーにさまざまな機器を提供するデンソーが、安全な走行が最優先される運転席でドライバーに文章を読む余裕がないとし、「拾い読み」「チラ見」をキーワードに文字開発を進めているとあるではないですか。デザインの源を築く文字のデザインは、安全や安心といった眼には映らない暮らしの細部にまで大きく関与しはじめています。

文字。そのコミュニケーションの根源にある記号は、その個性と可読性によって強いアイデンティティが発揮されるのだと感じる今日この頃です。

働く

3年前にさかのぼる。
時間を逆行して2005年10月23日にタイムトリップしてみます。「日」でいうと、うるう年が一日加算されて1096日前。「時間」でいうと26,304時間前。「分」でいうと1,578,240分前まで戻ってみます。実は3年前の今日、今の事務所に引っ越した日なんです。つい最近、戸棚の奥から当時、定点で回していたビデオが出てきたので、2日間の引っ越しの様子を約1分の早回しでまとめてみました。物が出来上がっていくプロセスがなんだかおもしろかったので、みなさんにもご覧いただこうと思った次第です。何もない空間に物が運ばれ、組立てられる。そして仕事場が完成する。いったりきたりする思考のプロセスとは、ちょっと違いますが、体を動かした分だけ着実に作業が進んでいくのが、ゴールに近づいていくようで嬉しくなります。意味など求めないで僕の事務所の1,578,240分前にタイムトリップして、約1分間の大慌ての引っ越しにお付き合いください。働き蟻が走り回っているようにすごい勢いです。「働く」ということがまさに「人」が「動く」ことなんだと、あらためて気づかされる映像です。

ダーウィン

ダーウィンの生誕200年で自然科学に注目が集まっています。みなさんご存知の進化論。ダーウィンは『種の起源』という著書の中で、自然選択・生存競争・適者生存などの複数の要因により「常に環境に適応するように種が分岐し、多様な種が生じる」と説明しています。つまるところ、生物は不変のものではなく長期間をかけて次第に進化しており、その変化の中で生まれてきたものであると説いています。いわば、さまざまな生物の進化は、過酷な自然の中で淘汰された「生命のデザイン」と見てとれるように思います。さて、ここに紹介する葉書サイズのカードとポスターは、ダーウィンの進化論をテーマに僕がデザインした最新作。ダーウィンの研究対象になった生物を中心に一本の抑揚のあるラインで仕上げたものです。カードは、ダーウィンが世界を旅した測量船ビーグル号を加えて 12枚で一組。もしも、地球に関する何らかの要因が少しでも変わっていたら、生物は私たちが出会ったことのない神秘な進化のプロセスをたどっていたかも知れません。あなたの想像力を膨らませてこのカードを自由に並べ替えてみて下さい。独自の進化のプロセスを想像すると、思わぬ物語へと広がっていきます。あなたの遺伝子を持った未知な生命が、遠い将来どこかで進化を果たしているかもしれません。
おっと、その頃、地球は存在しているのでしょうか。